阿蘇を染める
- 高津 明美さん/染色工芸家
- 熊本生まれ。兵庫女子短期大学デザイン学科卒業。学生時代から展覧会に出品を始める。光風会展工芸賞、日本現代工芸美術展現代工芸賞、日展特選(2回)等受賞。第25回日展特選作は熊本県立美術館蔵。熊本空港の陶板レリーフ、美里町文化交流センター「ひびき」の緞帳、電気ビル共創館の引き幕などを制作。大学等で非常勤講師として染色の指導も行う。 http://someru.jp/
早朝、雲海を見るために車を走らせ、阿蘇の大観峰に立つ。
空気が澄み切っているせいか冷たく、頬に痛みを感じる。それが冬の季節でなくても寒い。だからこそ雲海を見ることができるのだけど。
足を運ぶたびに目の前に広がる壮大なパノラマに心を奪われる。
陽が昇るその瞬間、阿蘇谷を埋めつくした雲海は表情をどのように変えるのか。形や色はどのようなものか。私は五感のすべてをそこに集中させていく。景色を漫然と眺めていたのでは何一つ自分の中に「創る」という気持ちは芽生えてこないと思う。
眺めるのではなく、私のスケッチブックの中に、その形を、色を捕まえていく。描きとめていく。阿蘇の雲海の陽と影を私の色で染めるための、私の仕事の作業の始まりである。
布の上で色を止めたいところに、染料がしみ込まないようにろうをぬり、他の部分に色をのせてゆく。薄い色から濃い色へ。1枚のろうけつ染めの作品を仕上げるために多くの色を重ねていく。
子どもの頃から父に連れられて阿蘇へスケッチによく出かけた。父は美術の教師をして油絵を描いていた。親子で阿蘇の雄大な山々を目の前にしてキャンバスを広げ描いていた。
この経験が、私の作品のモチーフにつながっている。
染色で日展に出品するようになったのは、学生時代の先生方(日本画、洋画、陶芸、織物、染色、人形)が日展作家だったから。当時、上野の美術館に日展を見に出かけ、先生方の作品に圧倒され感動したことが強く心に残っている。私もいつかこの会場に飾られたいと願った。
卒業して熊本に帰り、結婚。2人の子どもを育てながら染色の作品制作を続ける毎日。若かったので睡眠不足も平気で、とにかくめまぐるしい日々であった。
29歳の時、日展に初入選。子どもを連れて日展のパーティー会場に出かけた。それから入選、落選の繰り返しで、落選が6年間も続いた時もあった。
葛藤の日々の中、10回目の入選で初めて日展特選を頂いた。その作品は熊本県立美術館に収蔵されている。2回目の特選を頂いた後、日展審査員を3回させて頂いた。
長い間、制作を続けることができたあらゆることに、感謝の気持ちでいっぱいだ。日展や現代工芸展に出品を重ねながら、これからも精進していきたい。そして私の美術館ができるまで…。
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