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2018年11月掲載

西陣織をツタエル

尾田 美和子さん/tsutaeru代表

尾田 美和子さん/tsutaeru代表
大学院で西陣織の企業戦略について研究を行っていたことから伝統工芸品産業の問題点や今後について模索する。2015年伝統工芸品を用いた製品開発や仕掛けづくり等を行うプロデュース会社、tsutaeruを設立。経験と伝統工芸品の知識、人脈を生かし、伝統工芸品産業に従事する企業や職人達が潤うような環境づくりを目指し、伝統工芸品の新しい価値を創造するプロデューサーとして活動。
http://tsu-ta-e-ru.jp

私は京都の伝統工芸品・西陣織と地域の企業をつなぎ、新たな商品を開発し、西陣織の新しい価値をツタエルというプロデュースの仕事をしています。

先生との出会い

祖母が呉服屋ということもあり、私は着物が身近な環境で育ちました。ですが、以前は着物とは全く縁のない大学の薬学部で秘書をしていました。

当時、私はよく和装や伝統工芸品について話をしていたので、大学のある先生が「アカデミックな和装の知識を身につけるべき」とアドバイスをしてくれました。「そうすれば、あなたの知識は誰かの役に立つかもしれないし、人の心を動かすことができるかもしれない」とおっしゃってくれました。

この一言で私は西陣織について研究をするために大学院へ進学しました。

研究調査から見えてきたこと

大学院へ進学したものの、当初、研究は順調とはいえませんでした。京都に行っても、ツテがなく調査をさせてもらえない状況でした。まずは調査をするための営業活動から始めました。西陣織の展示会をしていると聞けば遠方でも出向き、調査のために配布したアンケートは自らの足で京都まで行って回収し、400社ある織屋にひたすら電話し、研究の目的と熱意を伝えました。すると次第に、織屋さんが協力してくれるようになりました。

調査をしていくうちに、西陣織の厳しい現状に気づきました。親が子どもにこの仕事は継ぐなと言っているのです。一子相伝ともいわれる、世界最高峰の技術を持った西陣織の技術を継がないでくれと親が懇願する。食べていけないからです。この問題に、私の力が役に立てることがないか考えるようになりました。

西陣織の可能性

香川の大学で研究をしていたとき、地元の企業から「西陣織を使ってみたい」「西陣織を使ったけど思ったものにならない」という声を聞きました。西陣織の知識がなく、調査に手間や時間が掛かっていたり、どこに連絡するのか、依頼通りのものが作れるのかが分からないということでした。そこで知人の織屋へ連絡し、その企業が求める西陣織の織屋を紹介したことが、私のいまの仕事のきっかけです。

香川県に、しかも和装とは関係ない企業が西陣織を求めている!私の知識や経験、人脈を生かし、西陣織と香川のものづくりをつなぐコーディネーターのような仕事ができれば、西陣織職人たちの仕事に役立つのではないかと考えるようになりました。

それまでに私は製品開発やコーディネーターの仕事をしたことがありません。まずPRできる商品のサンプルを作ろうと思い、サンプルを作ってくれる工場を探し始めました。しかし、これが容易なことではありませんでした。素人同然で、法人でもない、発注数もほんの少量の私の依頼を引き受けてくれる工場が見つかるはずがありません。ところが、ある手袋工場でミシンの修理をしていたおじいさんと出会ったことが全てを変えます。その方は中四国にある縫製工場のミシンの修理を行っている方で、私はこれからの計画を話し、サンプルを作ってくれる工場を教えてほしいと懇願しました。すると後日、中四国の縫製工場のリストを持ってきてくれました。そして、そのリストには手書きで、得意な製品や「サンプルを作ってくれそう」などの文字が書き添えられていました。

このリストのおかげで、私はサンプルを作ってくれる工場とめぐりあうことができました。そして、リストに「ベビーシューズ」という言葉を見つけました。西陣織のベビーシューズを作れたら、面白い!そう思った私は香川県三豊市にあるベビーシューズメーカーに連絡しました。

西陣織のべビーシューズ

ベビーシューズメーカーの社長さんと話をしていると、いろいろなことが分かりました。日本にはベビーシューズメーカーは2社しかないことや、海外製品が多い中、小さいサイズであればあるほど、日本の縫製が優位であることなど。赤ちゃんが初めて履く靴の市場調査をすぐに行いました。購入者は祖父母がメインで、高額なものもいとわない。元気に育ってほしいという思いから縁起物が好まれるなど、孫の履く初めての靴に付加価値を求めていることが分かりました。

西陣織は古くから縁起物としてハレの日や節目の日に使われてきました。できあがったベビーシューズは弘法大師誕生の地である善通寺で祈祷してもらうというビジネスモデルを考え、そのメーカーに西陣織のベビーシューズを作ってもらいました。

ベビーシューズの見本が手元に届き、それを見た私は「美しい!」と感じました。もはや芸術品ともいえました。名前は日本らしく「お初履き」。これが西陣織と地域のものづくりをつなぐ最初の製品となりました。

量産化で大切にしたいこと

その後、「お初履き」が「香川ビジネス&パブリックコンペ2015」のビジネス部門でグランプリを受賞し、メディアで紹介されました。これをきっかけに、私はベビーシューズを量産化することを決めました。

しかし、工場で依頼し、できあがったベビーシューズはなぜか思っていたような仕上がりとなりません。縫製もきれいだし、問題はないのに何かが違う。理由を考えていると、私の依頼の仕方に問題があると気づきました。ただ生地を渡すだけで、指示書も作らず、目的と具体的なコンセプトも伝えないという、あいまいな発注でした。大学院時代、織屋とその下請けである職人の関係性が製品に及ぼす影響を研究していた私は、信頼関係こそが良い製品作りにつながると確信していました。なのに、いざ実践に生かすことができなかった自分に情けない気持ちでいっぱいでした。

自分の研究を思い出し、工場に自分の想いやコンセプト、指示を的確に伝えるようにしました。細やかな作業依頼書も作成しました。そうして、できあがったのは目も見張るような美しい縫製のベビーシューズ。左右対称でブレもない。見事なシンメトリー。手のひらに乗る小さな靴にここまでの技術を詰め込むことができるのかとため息がでました。

最後に

お世話になった方への恩返しと思って創業しましたが、どうやらそうではなさそうです。これは私にしかできない仕事だと思うようになりました。産地の活性化というのはカタチになるまで50年、60年かかると言われています。そして、市場啓蒙がされていない伝統産業という分野をツタエルことは本当に難しいです。

職人さんたちが、自分の子どもたちにこの仕事を継ぐようにと自信を持って言える環境が整うように、これからも強い信念で伝統文化をツタエル事業に取り組んでいきたいと思います。

  • 西陣織で作られたベビーシューズ「お初履き」。着脱しやすいマジックテープ式にしたり、つま先は安定感を持たせるなどの工夫が施されている

    西陣織で作られたベビーシューズ「お初履き」。着脱しやすいマジックテープ式にしたり、つま先は安定感を持たせるなどの工夫が施されている

  • 健やかに育ってほしいという願いとハレの日の思い出をいつまでも残してもらえるようにと、華やかに彩る水引が掛かった桐の箱を使用

    健やかに育ってほしいという願いとハレの日の思い出をいつまでも残してもらえるようにと、華やかに彩る水引が掛かった桐の箱を使用

(無断転載禁ず)

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