編み物は平面充填(じゅうてん)・微分・積分… ~理系的側面から男性をターゲットに~

- 伊藤 直孝 さん/編み物研究家
- 千葉県生まれ。東京大学理学部卒、同大学院理学系研究科修了、理学修士。いくつかの職を経て2017年佐倉編物研究所設立。東京、千葉、神奈川などで編み物教室を開催。ヴォーグ学園講師。出版社、毛糸会社の依頼により作品を発表。『すてきにハンドメイド』(NHK)などテレビ出演も。趣味はピアノ、街歩き。「佐倉編物研究所 公式ブログ」をほぼ毎日更新。
https://ameblo.jp/sakuraknittinglab/
編み物との出合いは小学校時代
私にとっての編み物との初めての出合いは、小学校6年生の時。家庭科の副読本に、魔方陣の文様のような四角い図があるのを見つけ、これは何?と母に聞いたら、これは編み物を編むための記号図だ、と。興味を持った私は、母にいくつかの編み方を教わり、それ以降毛糸と編み針でひとり戯れるように。
特に本を参照することもなく、適当に編み目を編んでいったところ、俵型の立体や、五角形の平面などができあがりました。別に何かアイテムができたというわけではないのですが、いろいろな図形ができあがる数学的なところに面白さを感じていたようです。
化学研究から編み物の道へ
そんな少年時代を過ごした私が、いま編み物研究家という肩書で活動しています。もっとも、あの時の情熱が継続したわけではなく、途中、化学の研究者を目指して大学・大学院を出て、化学企業に就職しましたが、さまざまな壁に阻まれ、化学の道をいったん捨てました。
30歳手前で無職になり、今度こそ自分が楽しめる道をと思い、少年時代の編み物の思い出がよみがえり、全日制の編み物学校に通って手編み師範の資格を取り、毛糸会社に就職。デザインや講師、営業、バイヤーの仕事に携わったのち、独立して地元・千葉県佐倉市で佐倉編物研究所を開所しました。
空前の編み物ブーム
いま、編み物が空前のブームになっています。これまでは比較的上の世代の女性の趣味として捉えられていたものが、韓国でも活躍するある女性アイドルがネット経由で火をつけて、若い世代にも浸透してきています。
編み物といえば、着るものや雑貨など、ファッションやアート、ファンシーといった要素が強いとされますが、私はどちらかというと少年時代にも覚えたような編み物の数学的な魅力に引かれます。
編み物は数学?
たとえば、編み物はとにかく数字がよく出てきます。目数がいくつ、段数がいくつ、モチーフを何枚、糸を何グラム、着丈や身幅が何センチ、など。
また、一本の毛糸によって平面を作っていくことから始まりますが、その過程は「平面充填」(テセレーション)という数学の分野につながります。
あるいは、あみぐるみ(編み物で作るぬいぐるみ)や帽子などの立体物を作る時は、構造的には3DプリンターやCTスキャンなどと同じように輪切りの形をした一段一段を積み重ねる、まさに積分の考え方を利用します。
ウエアをデザインして製図をする時なども、カーブ線を引く際は三角関数や微分の考え方を使う場合もあります。
化学や物理的側面
数学だけでなく、化学や物理が登場する場面もあります。
さまざまある毛糸の素材の性質は、化学の知識で説明がつくものが多いです。毛素材はタンパク質からなり、構造的にはうろこ状になっていて、これが吸湿性、保温性につながる一方、毛玉のできやすさにもつながります。また、タンパク質を構成するアミノ酸同士の水素結合により、スチームアイロンでの可塑性が説明できます。
大学・大学院時代に培い、その後捨てた化学や数学、物理の素養が、巡り巡っていま、編み物を研究するのに役立っています。
これからの編み物のターゲット
こうして、数学など理系の知識や経験と編み物をつなげる人はまだ少ないと思います。
私は、ファッションやアートという側面以外にも、理系的な側面から編み物を楽しむことを強く提案していきたいです。特に、これまで編み物をしてこなかった層、つまり男性と、理系の層との重なりはかなり広いと感じ、今後の編み物を広げるためのターゲットとして男性に特に注目しています。これらの層はこだわりが強い人も多いので、一度ハマったらまさに沼に落ちるようにとことん追求していくでしょう。
これまで主に女性が担ってきた、ファッションやアートとしての編み物から飛び出て、新しい切り口の編み物がどんどん展開していくのではないかと期待しています。
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