街に本屋があるということ ~作家と読者が交流できる場~
- 二村 知子 さん/隆祥館書店 店主
- 井村雅代コーチ(当時)に師事し、シンクロナイズドスイミングを始め、チーム競技で2年連続日本1位、日本代表として2年連続世界第3位に。現役引退後、隆祥館書店に入社。2011年から、「作家と読者の集い」と称したト-クイベントを開催。15年から「ママと赤ちゃんのための集い場」を毎月開催、19年から「絵本選書」のサ-ビス、20年より、「一万円選書」を始める。
https://ryushokanbook.com
本屋業界の現状
隆祥館書店は、上町台地という大阪で1番海抜の高い所に位置しています。文芸にも縁が深く直木賞で有名な直木三十五の生家が近くにあります。
父が書店を創業した1949年当時は、仕入れから戻ってくると店頭にそれを待ちかねる子どもたちが歓声を上げて、本や雑誌を受け取り、付録を挟み込むのを手伝ってくれたそうです。インターネットのない時代、本屋が知識のインフラとして地元の人たちに愛されていました。
しかしながら現在、本屋業界は、非常に厳しい状態にあり、特に当店のような小さな書店にそのしわ寄せが来ています。日本図書普及株式会社によると、20年前には配達だけでなく店舗を構えている書店が、全国で約2万6000軒ありました。それが現在では7000軒を割ってしまったということでした。今も取次を通して仕入れる街の書店は減り続け、常に廃業の危機に迫られています。
作家と交流できる場
ネット販売や電子書籍の普及で悩んでいた時に、私の大好きな松任谷由実さんが「CDが売れない時代だから、ライブを中心にファンと接することを重視する」と言われたのを聞いてはっとしました。それにヒントを得て、2011年から始めたのが、書き手と読者を結ぶ「作家と読者の集い」です。ネット書店や電子書籍ではできない、直に作家さんと交流できる場の提供です。
本で伝えられること
私にとって本は、単なる消費物ではありません。特に現在のように、デマ扇動が頻繁にネット上に渦巻き、何が真実なのか、ファクトチェックがしづらい時代、当事者や知見ある専門家が書かれる本には、伝えなければならない真実があります。
テレビなどの電波媒体では、スポンサーの存在や放送法による脅しなど、伝えることに限界がありますが、唯一、書籍にはまだ言論の自由が担保されていると言えるのではないでしょうか。
このような、伝えなければならないことが著された本を中心に、お客さまからのリクエストにもお応えする形で「作家と読者の集い」を継続してまいりました。おかげさまで、すでに350回を突破し、最近では、作家さんやジャーナリストの方々、そして出版社の編集の方からもトークイベントを隆祥館書店でやりたいという持ち込みのご要望もいただけるようになりました。
イベントへの思い
子どもたちを守るための本のイベントも、著者と、臨床心理士でスクールカウンセラーの先生をお招きする形で企画しています。何かあった時にいちばん傷つくのは子どもたちです。せめてこの地域からは、絶対に被害者を出さないという思いで取り組んでいます。
イベントを運営する中で感じたことは、お客さまとの信頼関係です。経営は厳しいですが、お客さまや作家さんに支えられ「本」と「本屋」だけが果たせる役割があるという思いを信じて行動しています。
新型コロナウイルス禍の2020年に始めた「一万円選書」は、遠方の常連さんが来店しづらくなり「良い本を送って」と頼まれたのがきっかけでしたが、募集を呼びかけると500件近く応募が殺到しました。本の嗜好だけではなく、いま関心のあることや、どんな困難を抱えているかを、アンケートに書いていただき、そのお一人お一人の悩みや要望に向き合って処方箋のように本を選ぶことができるのが特徴です。
書店という文化
私を支えている亡き父の言葉があります。「本をただ売れれば良いと言う商業主義の餌食にすることなく、出版を文化として作家を支え、読者が出版を支える、この仲介者が書店」。
本をしっかりと読み込みご紹介する。命ある限り、書店という文化を守り続けていきたいと思っています。
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