巨人・だいだらぼうの声に導かれて ~伝説の地を巡り、見えざる存在を描く~
- 山本 麻紀子さん/アーティスト
- お問い合わせ先
http://makikoyamamoto.com/
巨人との遭遇
2012年7月。茨城県水戸市にある英国式庭園の七ツ洞公園に足を踏み入れた時のこと。目の前にはうっそうとした木々が生い茂る森と、その木々を水面に反射させている静かな池。そして深く湿った土の匂い。それらを認識した瞬間、大きな外国人の目と長いまつげ、涙のイメージが私に降り注いできました。この奇妙な体験をしてから、イギリスの巨人伝説を読みあさりました。調べていくうちに、私が魅了される巨人伝説がイギリス南西部に集中していることに気がつきました。誤解されたり、後悔したり、素直すぎてだまされたり…。伝説の主人公はおおむね、一人ぼっちで、何かしらの形で人間と共存しているというお話でした。
巨人の声「でしょ?」によって見えてきた世界
友人に連れられて、茨城県久慈郡大子町にある袋田の滝を訪ねました。真冬だったので、高さ120mの滝はカチカチに凍っていて無音でした。その存在感に圧倒されていたその時、滝の上のほうから「でしょ?」という声が私の脳に突き刺さってきました。私はその言葉に「行ってこい!」と背中を強く押されたのです。
それから、あの巨人さんが誰なのか探しだすため、特に気になる巨人伝説が残るイギリス南西部の五カ所を訪ねる旅に出かけました。その中でも一番気になっていた、コーンウォール州ペンザンスにあるカーンガルヴァの丘に住んでいたホリバーン巨人。実際にその丘を登りきった時、七ツ洞公園で感じたものと同じ感覚を受け取りました。「あぁ、あの巨人さんはホリバーンさんだったのね」と、確信。ようやく謎が解けてうれしい気持ちいっぱいで帰国すると、茨城県水戸市にもだいだらぼうという巨人伝説が残っていることを知りました。奈良時代に編さんされた『常陸国風土記』にも登場する巨人です。そうか!ホリバーンはだいだらぼうに会いに来ていたんだな!
目に見えないからこその追いかけ方
巨人の世界に近づくのに一人では心細いので、日本とイギリスの小学校の子どもたちに協力してもらいました。一緒に巨人について考えだすと、その姿を描きだしたくなるけれど、私の実体験では目で見たわけではない。だから、一人一人が想い描く姿のままにしておきたいと思い、私が感じた巨人の余韻みたいなものから巨人の世界を追いかけることにしました。巨人たちの交友物語を考えてみたり、それを音楽にしてみたり。巨人の落とし物をつくって、それらを断崖絶壁にある野外劇場に置いて、「落とし物を預かっているから取りにおいでよ!」という歌を海に向かって歌ってみたり。くしゃみをした巨人の口から飛んで行った奥歯を追ってみたり。ある時は、だいだらぼうさんから、「その歯をポーランドのギェヴォント山の頂上まで運んで、確かめに行ってこい」という指令がきたので、それを達成したり。いろいろなことをしてきました。
巨人伝説の魅力
巨人伝説は、具体的な地名が残されているので、今でもその場所を訪ねることができます。実際にその場に立ってみると、山や木々など古くから存在するものに触れ、その場自体が持つ力や、人々の暮らしの蓄積、そしてはるか昔の人がなぜこういう物語を紡ぎ出したのかを感じ取ることができます。地形や風土と深く結びついているため、独特な場所であることが多く、生活環境が過酷であったり、さまざまな困難な状況を何とか耐え忍び、生き延びるために、大きな人を描き、人間ではできないようなことをかなえてもらう。だけど、そこもまた一筋縄ではいかない。人間も自然の一部であり、自分ができることとその限界を知り、自然がいかに思い通りにならないものかをよくよく知っていた先人たちのなかで、さまざまな感情を持つ巨人が生まれてきたのだろうと思います。
私は今、だいだらぼうさんから大きな指令を受けています。とんでもない大冒険になるに違いないのですが、いくつもの無理難題を乗り越えた時、また一つ、巨人さんからの短い言葉をもらえるのだと信じています。
(無断転載禁ず)