古楽器の旅路~カテリーナの森から響く音色~
- 松本 未來さん/古楽器制作家・音楽家
- お問い合わせ先
カテリーナ古楽器研究所
https://www.catherina1972.com
【インスタグラムアカウント】
@catherina_1972_
古楽器制作の場を求めて
私の主宰するカテリーナ古楽器研究所は、ヨーロッパの古楽器の復元・制作を行う工房です。
九州の大分県国東半島の付け根に位置する片田舎。田園風景が広がる里山にこんもりとした屋敷森があり、父の代に制作の場を求めて33年前に東京から移住しました。いつしかそこは、「カテリーナの森」と呼ばれるようになりました。
一度姿を消した古楽器とは?
古楽器とは、現代の楽器に至るまでの間で一度ピリオドを打った楽器たちの総称です。バイオリンやフルート、ピアノやギターといった、現在奏でられている楽器には、さかのぼるとルーツとなる楽器が多く存在しており、それらを日本では古楽器(英名:Early Musical Instruments)と呼びます。
失ってしまった古楽器には、強さを求められた現代楽器とは違う、テンションの優しい独特の倍音豊かな響きや造形に魅力を感じます。ヨーロッパの歴史の中で独自に変化していった楽器たちのルーツをさかのぼることは果てしなく答えのない旅路でもあります。
生活とともにあるものづくり
一度姿を消し、現存しない古楽器をつくることは困難の連続です。手がかりは、当時の絵画やレリーフです。しかし、中世絵画の多くは平面的に描かれ、デフォルメされた古楽器の絵をそのまま再現することは難しい。古楽器の再現は絵の中の奥行きを読み解き、想像することから始まります。
中世の時代、車も電気もない世界の中でどんな音が鳴り響いていたのでしょうか?
現代の私たちは、多くの騒音や情報、エネルギーの中で暮らしています。そのような中で忘れていく感覚を生活の中から見いだせることはできないだろうか?古楽器のインスピレーションの根源を暮らしの中に置いたわけです。
土を耕し、米を育て、自然や木々といろいろな形で関わり、対話することは、一見すると歴史的な古楽器の復元や制作とはかけ離れた行動のようにも感じます。実際にその時間は古楽器制作とは違った労働の時間にもなっています。しかし、田舎暮らしの多くの労働の隙間に感じる、自然の風景や音などから、一瞬タイムスリップしたような原点的な瞬間を感じさせられます。時を超えても変わらない中世とつながったような感覚やそのものを感じることができるのです。
正解を知ることのできない古楽器は、文献の考察はもちろんのことながら、想像することが大きな意味を持っています。暮らしとものづくりを日常までデフォルト化できる生き方を親子2代にわたり模索、開拓してきました。
未来へ残していきたい文化芸術
ここは、千年以上続く田園地域にある屋敷森。古楽器を制作する環境としての豊かさとは半面、地域の素晴らしい田園風景や営み、それに伴う伝統や風習もこれまでの間に継承されずに途絶えていくものもあり、地域の過疎化は進む一方です。地域の宝を古楽器や音楽、文化芸術を通して、違う角度からつないでいくことの一助になることが、自身の今後の希望でもあります。カテリーナの森の古民家の復元修復、それに伴う古民家の劇場化計画を進めているところですが、何よりも重要なことは、光のような小さな子どもたちが豊かに遊び学び、感性がはぐくまれ、育ち、いずれこの地を愛おしく思える環境づくりだと思っています。
52年前この日本で一つの興味から古楽器が復元されたように、地域や世界の文化が何らかの形で残り継承されていくことが、いま、むかし、これからをつなぐ…。そのような循環を生み出す新たな文化発信の場づくり、そして古楽器制作の旅は続きます。
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