江戸時代の琵琶湖のふなずしを再現~疑問を解き明かす再現実験~
- 橋本 道範さん/滋賀県立琵琶湖博物館 専門学芸員
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滋賀県立琵琶湖博物館
滋賀県草津市下物町1091
077-568-4811
https://www.biwahaku.jp/
ふなずしとは
魚を塩とコメなどのデンプンで発酵させた食べ物を「なれずし」といいます。もともとは、すしといえばこちらを指しましたが、江戸時代半ば以降、にぎりずしなど早ずしが普及したことにともなって、わざわざそれと区別するために、なれずしと呼ばれるようになりました。その代表として、滋賀県のふなずしがあります(写真1)。
強烈なにおいで有名なふなずしは、春に取れたニゴロブナなどのフナをおよそ3カ月塩漬けにし(これを塩切といいます)、夏場の暑い時期に取り出し、今度はご飯で漬けていきます。現在はプラスチック製の漬物桶を利用することが多くなりました。まず内臓を取り出したフナに炊いたご飯をえらぶたや口から詰め込み(写真2)、次にご飯を桶に敷いて、その上にフナを敷き詰め、またご飯を敷いて、その上にフナを敷き詰めるという方法で、何段にも漬け込んでいきます(写真3)。最後にふたをして、その上に重石を置いて飯漬けが完成です。個人によって、地域によって大きく異なりますが、おおよそ4カ月から6カ月漬け込むのが一般的です。
研究者の激論と市民の問い
このふなずしが、どういう歴史をたどってきたのかについては、食物史学者の篠田統さんや食文化研究者の石毛直道さんらの偉大な研究があります。篠田さんはすしに関するありとあらゆる文献・資料・史料を収集し、すしの系譜をまとめられました。そして、にぎりずしやまきずし、ちらしずしなどのルーツは、ふなずしにあるとされたのです。
また、石毛さんは世界中の食文化を追究され、東南アジアから中国大陸、朝鮮半島、日本列島にかけて広くなれずしが分布していることを明らかにされました。そして、「古代のなれずしのつくりかたが現代にまで伝承されている例としては、琵琶湖のふなずしをあげるのが常道となっている」と述べられています(石毛ほか1990)。
ところが、これに異を唱えた研究者がいます。すし研究者の日比野光敏さんです。日比野さんは、江戸時代、元禄2年(1689)の料理書、『合類日用料理抄』(写真4)に「江州鮒の鮨、一、寒の内に漬け申し候」とあることなどを根拠に、かつてのふなずしは現在の製法とは異なるため、現在のふなずしはすしの元祖(原初的形態)ではないと主張されました(日比野1993)。これが大きな反響を巻き起します。
ふとしたことからこの論争に参加した私は、日比野説の妥当性を論証する『再考ふなずしの歴史』(サンライズ出版、2016)をまとめるのですが、そこで研究上の大きな壁が立ちはだかることになりました。それは、「冬場に漬けるなんてあり得ない」、「そんなこと無理だ」という市民の皆さんの強い疑問です。私はこの「市民の問い」に答えることができませんでした。
再現実験ー市民とともに
そこで、実際に冬季の気温で漬け込む再現実験に取り組むことにしました。当初は簡単に考えていたものの、第1回目のラボでの実験はカビが生えて見事に失敗。「そんなん、うまくいくはずないと思うてた」というのが市民の皆さんからの声でした。しかし、そこで歯を食いしばって、今度は屋外で冬季気温にさらして第2回目の実験を行いました。今度は大成功。3回目以降も成功し、いま第5回目の実験をまたラボで行っているところです。
その成果の発表は、来年の2月になりますが、冬季に漬け込むと、確かに夏場のようにすぐには発酵が進みません。しかし、気温が上昇するにしたがって、徐々に徐々に発酵が進み、これまでにないふなずしになりました(写真5)。「ボツリヌス菌だけはくれぐれも気を付けなはれや」と心配していただいた市民の皆さんに、早く研究成果を届けたい。発表の日を心待ちにしています。
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