農村風景を再解釈して伝える
- 真田 純子さん/石積み学校 代表理事、東京工業大学 環境・社会理工学院 土木・環境工学系 教授
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石積み学校
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空石積みとは
「空石積み」は、「からいしづみ」と読みます。中山間の農村や漁村などに行くと、石を積んだ壁がたくさんあります。宅地の基盤や棚田、段畑などです。これを「石積み」や「石垣」などと呼びますが、その中でもコンクリートやモルタルなどの接着材を使わずに石だけで積んだものが「空石積み」です。
私は2007年に徳島大学に助教として着任しましたが、それから間もなくして、たまたま遊びに行った徳島県吉野川市美郷の「高開(たかがい)の集落」で石積みに出合いました。そばまき体験だったのですが、着いてすぐに目の前に広がる石積みの段畑の風景に、息をのみました。しかし実際に作業をしてみると、農地に行くまでが坂道で息が上がる、少し傾斜のある畑ではまっすぐに手押しの耕運機を動かすこともままならず、翌日には全身が筋肉痛になりました。
私は景観工学を専門とする研究者で、そういう立場の人はだいたいすごい風景があると「景観計画をつくって残しましょう」と言います。私も最初はそう思いました。しかし農作業をしてみて、斜面地で大変な生活を続けている人がいるからこそ、その風景があるのだと思い至りました。
そこで、斜面地の生活を知ろうと、カヤ刈りや石積みを体験する学生向けの合宿を2009年に行いました。それをきっかけに、美郷に住む石工さんに石積みを習い始めました。
空石積み学校の設立
少し石を積めるようになると、各地にある空石積みが大変な状況にあるのが「見える」ようになりました。まだ形を保っているように見えてもいつ崩れてもおかしくない状態のものがそこら中にあります。一方で、中山間の農村では「普通の技術」だった空石積みの技術が、途絶えかけていることも知りました。棚田や段畑の風景を地域活性化の資源にしようとしている地域は全国にたくさんありますが、近い将来、あちこちが誰が見ても傷んでいる状況になってしまうだろうと思いました。
そこで、石積みの技術を広く伝えるため、石積みを習いたい人(生徒)、技術を持っている人(先生)、直してほしい人(教室)をマッチングして講習会を開催する「石積み学校」を2013年に立ち上げました。
現在では技術を持っている地域のお年寄りがかなり減ってしまったので、私ともう一人、石積み学校の金子が教えています。直してほしい、ワークショップを開催したいという全国からの要望を受け、人を募ってワークショップを行います。すでに180回近く行っています。
空石積みの魅力
空石積みは、伝統的な農村風景をつくる技術です。しかし、それだけではなく、持続可能な工法であるといえます。というのも、基本的には自然物である石だけを使うので、崩れたり緩んだりして修理する際には、また同じ石を使って「積み直し」ができます。つまり、がれきが出ないのです。また、コンクリートやモルタルを使わないので隙間がありますし、背後の土とつながっていて空気や水が通ります。生物のすみかにもなります。
農地ではお城の石積みのように「見栄え」「威容さ」を重視せず、なるべく手間のかからない方法で積むので、石は基本的に地場で採れるものを使います。つまり、地域の地質をダイレクトに反映した石積みができるわけです。こうして、持続可能でかつ地域性のある石積みになります。こうしたことが評価されて、2018年にはヨーロッパの8カ国が申請していた空石積みの技術がユネスコの無形文化遺産に登録されました。
石積み学校でも、ただ伝統を守ることを価値とするのではなく、環境的な価値を前面に押し出し、未来に向けた価値のある技術として後世に伝えています。興味があればぜひ参加してください。
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