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私の体験

2022年3月掲載

耳の聞こえない人と一緒に舞台を楽しみたい

米内山 陽子さん/脚本家・演出家・舞台手話通訳

米内山 陽子さん/脚本家・演出家・舞台手話通訳
お問い合わせ先
株式会社ピタ
https://www.pita-inc.com
舞台手話通訳とは?

舞台作品の進行に合わせて、セリフのやりとり、効果音などを同じ舞台上から手話で客席に届けることを、舞台手話通訳という。米国や英国では一般的な観劇サポートで、『オペラ座の怪人』や『レ・ミゼラブル』など有名舞台作品も例外なく舞台手話通訳がつく回がある。日本で初めて行われたのは1996年、英国からロイヤル・シェイクスピア・カンパニーを招いて上演された『夏の夜の夢』だった。その後、舞台手話通訳がつく公演が日本で定着することはなかなか難しく、現在も年に数本といったところ。

観劇サポートは他に台本貸出、字幕や目の見えない人向けの音声ガイド、事前舞台説明会など多岐にわたるが、ここでは私が長年携わっている「舞台手話通訳」に特化してお話ししたい。

どうして舞台手話通訳を始めたか

私は耳の聞こえない両親の元に生まれた。両親は、遅れて情報を手に入れることが多かった。幼いころはテレビも、映画も、字幕がついていない作品を一緒に楽しむことは難しかった。私が何かを見て笑うと、「今、何があったの?」「なぜ笑っているの?」と聞かれた。

やがて字幕放送が始まり、同じタイミングで笑うこと、感動することも増えた。

ある時、字幕のついていないテレビドラマ(当時は朝ドラと大河ドラマにしか字幕がついていなかったと記憶している)に大感動し、どうにか両親に面白さを伝えたかった。

私はテレビの横に立ち、録画したビデオを再生し、その時の拙い手話で両親に通訳した。

どうしても、面白さをわかってほしかった。

両親は私の手話通訳でゲラゲラ笑った(コメディーだった)。強烈にうれしかった。

あの時、私と両親は同じ「ただの視聴者」になれたような気がした。

それが私の原体験だ。

そこから私は演劇を志し、現在は脚本家でもあり、舞台手話通訳家でもある。

舞台作品を手話にすることの面白さ

耳の聞こえない人と接したことがなくても、首相の会見やニュースなどで手話通訳がついているのを見たことがある人は多いだろう。そこでの通訳の重要なポイントは必要な情報を漏らさず伝えることだ。

もちろん、舞台手話通訳も情報を伝えることをおろそかにしてはならない。しかし、舞台作品で大切な情報は何か? それは…

・舞台上で何が行われているか

・作り手が何を観客に伝えようとしているか

このポイントをしっかりと掴むことである。そこには登場人物の感情、思惑が必要不可欠である。

たとえば登場人物が悲しいのに笑うとき、舞台手話通訳者はセリフだけでなく、感情も手話に翻訳する。

手話は手だけで行われる言語ではない。(私の感覚だと)手が3割、表情が7割。意味に即した手話、感情は手話を出すスピードの緩急で表す。

どんな手話を出そうか?手話を表す時の速さは?眉は上げるのか下げるのか?口の動きは?目の向きはどうする?いや、そもそもこの手話が正解なのか?

こうやってぐるぐると試行錯誤しながら作品を手話に翻訳していく。

この手話翻訳が、もっとも苦しく、もっとも面白いところだ。

日本手話と日本語は違うからこそ

「手話に翻訳」と聞いて不思議に思われる方もいるかもしれない。そもそも、日本手話は日本語とは異なる文法を持った言語だ。言語が持つ性格も、得意な表現も異なる。

異なるが故に作品に豊かな相乗効果を生み出すことができる。と、信じている。

だからこそ、日本語を楽しみたい観客は字幕を、手話で楽しみたい観客は手話を、映画の字幕か吹き替えのように気軽に選べるようになるとうれしい。

客席にさまざまな人が溢れるー。

その一助になるようにこれからも研鑽(けんさん)を続けていく。

  • 舞台手話通訳の一例。赤いドレスが筆者

    舞台手話通訳の一例。赤いドレスが筆者

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