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2021年8月掲載

おみくじを通して見つめる時代―新しさと懐かしさの日本―

鏑木 麻矢さん/文筆家・ハンドメイド作家

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身近すぎるおみくじ

おみくじ、というと真っ先に思い浮かべるのは何だろうか。初詣か、はたまた神秘の導きか?そんな枠など飛び越えるほど、日本人の身近に浸透しているのがおみくじなのだ。例えばここ数年、以前には単に「くじ引き」と呼ばれていたものを、ごく自然に「おみくじ」と呼ぶ例が急増した。お菓子や飲料の包装にも、さりげなく「大吉」などが潜む。

私は学生の頃から寺社巡りや路上観察が好きで、その傍らいろいろなおみくじを見比べて回るのが習慣化していた。そうして気付いたことを細々と世間に発表しているうちに、拙著『ニッポンのおみくじ』(グラフィック社刊)出版の機会を得たのが2017年末である。そこまでおみくじ需要が高まったこの時期こそ、現代日本のおみくじに重要な分水嶺だったのではないか。以降、雨後の筍のように、幅広い層が楽しめるおみくじは増え続けている。

現代おみくじの諸相

趣向を凝らしたおみくじの数々は、ツーリズムの補助にもなりうる。例えば凶が出ると何かをもらえるおみくじが、目下増加中である。中でも常陸第三宮 吉田神社(水戸市)の「福の音みくじ」は、凶で「転禍為福」の御朱印帳が頂ける。華やかな御朱印ブームを味方に、悪いばかりでないという凶の本義を伝えつつ、不安を和らげたい現代人のニーズを満たす。

また近年最も目立つのは、人形に入ったおみくじだ。人形のコレクションを目的とする人も多い。だが現在、コロナ禍で旅はままならない。この状況の中、疫病退散にご利益のある妖怪アマビエの陶人形おみくじを各地に卸す愛知県瀬戸市のメーカー「加藤陶器」は、同じアマビエの素体を用いた「おうち時間」用の絵付けキットを展開し人々を励ましている。

いくつかの大手メーカーが幅広いシェアを占める一方、ローカル志向のおみくじも見逃せない。寺社や商店などによる手作り感の味わいは、客を和ませるもてなしとなる。私自身も、城山旅館(奈良県生駒市)が企画した手染めマスクの特典のおみくじを制作した。コロナを避けて初詣に行けない人を元気づけようと、多くの商店がおみくじを作ったのは今年特有の現象である。このように、おみくじの動向は時代を映す鏡なのだ。

神事、遊び、癒やし

おみくじに遊び心の要素は大きい。何も不謹慎ではなく、神事と遊興は表裏一体をなす。これを感じられるのが瓢箪山(ひょうたんやま)稲荷神社(大阪府東大阪市)の「辻占おみくじ」だ。焼き抜き・あぶりだしという趣向が楽しく、昔のままのレトロな雰囲気も良い。辻占とは、江戸末期から昭和初期に流行ったゲーム性の強いおみくじである。さらにさかのぼれば、辻(交差点)に立ち偶然の予兆を探すことで神々との交信を図る古代からの占いをも指す。後者を今に伝える「辻占判断」も、瓢箪山稲荷神社で体験することができる。

前者のゲーム的辻占はトレーディングカードやお菓子のオマケのように売られもした。まさに遊び心の原点といえる。他にも、人形のおみくじは戦前からあったし、現代でいうおみくじストラップのようなミニチュアも江戸時代から昭和初期を経て精巧に作られ愛玩されてきた。時代が流れ形を変えても根底は変わらないほど、おみくじは日本人の奥深くにそっと居座っている。

元来「遊び」とは空間的余裕、ひいては気持ちのゆとりを表す言葉である。おみくじの本質たる偶然性には、神秘性の入り込む「遊び」があり、それは精「神」の自由な飛翔の場なのだと思う。だからこそ、心が窮屈になるほど必要とされるのだろう。おみくじがちまたに激増した今も、それはブームというより、もっとさりげないものに感じられる。おみくじ自体、主役というより、人々に陰ながら寄り添う相棒のような存在のイメージがしっくりくる。そんな健気なおみくじの広大な可能性に、今後も期待したい。

  • 常陸第三宮 吉田神社の福の音みくじ。凶が出るともらえる御朱印帳(写真提供:常陸第三宮 吉田神社) height=

    常陸第三宮 吉田神社の福の音みくじ。凶が出るともらえる御朱印帳(写真提供:常陸第三宮 吉田神社)

  • 自分の好きな色で絵付けできるアマビエ(写真提供:加藤陶器)

    自分の好きな色で絵付けできるアマビエ(写真提供:加藤陶器)

  • 制作中のアマビエおみくじ(写真提供:加藤陶器)

    制作中のアマビエおみくじ(写真提供:加藤陶器)

  • 筆者が制作したおみくじ。手染めマスクの特典として販売されている

    筆者が制作したおみくじ。手染めマスクの特典として販売されている

  • 瓢箪山稲荷神社の辻占おみくじ(写真提供:瓢箪山稲荷神社)

    瓢箪山稲荷神社の辻占おみくじ(写真提供:瓢箪山稲荷神社)

  • 昭和初期のミニチュアおみくじ。象牙や漆塗りを用いたぜいたくな作り

    昭和初期のミニチュアおみくじ。象牙や漆塗りを用いたぜいたくな作り

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