クラシック音楽を観る「音楽の絵本」
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未就学児も体験できるクラシック音楽
最近ではオーケストラが未就学児向けの演奏会を開催することは珍しくないが、まだ私の娘が幼かった1990年代半ばは、未就学児が体験できる演奏会はほとんどなかった。幼いわが子に本物の生の音楽を聴かせたかった私は、子ども向けの物語の『くるみ割り人形』なら、幼児でも入れるだろうと思い、あちらこちらの公演を探したが、未就学児が入れる生演奏のバレエはなかった。私は特に録音と生では極端に異なる弦楽器の音を聴かせたかったのだ。
ならば、自分で制作しようと思い立ち、99年に「弦うさぎ」という、うさぎの弦楽四重奏団を結成し、演奏会の開催にこぎ着けようと方々を回った。ところが、「かぶりものなんて…」「子どもだまし…」など批判の嵐で演奏会の開催どころではなかった。
ちょうどその年、横浜市によこはま動物園ズーラシアがオープンした。私は開園当初から企画に携わっていたので、ズーラシア主催による弦うさぎのホールコンサートを提案し、なんとか開催にこぎ着けることができた。そして、その翌年ズーラシアの開園1周年を記念して、今度は金管五重奏団ズーラシアンブラスがズーラシアのマスコットキャラクターとして誕生することになった。
ズーラシアンブラスは、専ら動物園の園内演奏が主だったので、弦楽四重奏の「弦うさぎ」と金管五重奏の「ズーラシアンブラス」を合わせて「音楽の絵本」という、コンサートホール向けの演奏会を制作することにした。
なぜ『絵本』なのかというと、たとえば文学でいうと、宮沢賢治の童話をそのまま読みきかせても、小さな子どもにはなかなかむずかしいものだが、絵本ならよく理解できる。絵が世界観を作り出し言葉を補足することで、子どもたちはそこから文学の世界に入り込んでくることができるためだ。
それを音楽に置き換えるなら、視覚的な世界観を作った上で一流の音楽を奏でるということになると考えられる。幻想的な視覚情報が、子どもたちに音楽を聴く姿勢を与えるため、子どもたちは自然と音楽の世界に入ることができるのだ。
視覚情報により子どもたちの興味を引きつけること。すなわちこれが『絵本』であるゆえんである。
そして、このコンセプトを実現するには一流の音楽家を集めなくてはならない。そこで、幾度となくオーディションを繰り返し有能な若手音楽家を集めることにした。当時は実力があっても無名だった彼らも、現在では全員日本の名だたるオーケストラの首席奏者になっている。
親子対等の感動が、子どもの感性を豊かに育む
私が「音楽の絵本」で実現したいと考えているシーンは、子どもの喜ぶ顔を見て目を細める親の姿ではなく、子どもがうれしくて親の顔を見上げたとき、親も自分と同じように感動しているといったシーンだ。
「音楽の絵本」は、原則参加型のコンサートではない。親子が対等な立場で演奏会を楽しみ、家庭に帰ってからも、この演奏会の経験をもとに、豊かな親子コミュニケーションを発展させていく、そんなイメージのコンサートである。
私は参加型のコンサートを否定するつもりは毛頭ない。それはむしろ素晴らしいことだと考えている。しかし、日本の子ども向けコンサートは、子ども向け=参加型に、少し偏りすぎているように思える。日本に一つぐらい、子どももちゃんと最後まで聴くことのできるコンサートがあっても良いと思うのだ。
一方で、子どもがちゃんと最後まで聴くためには、自然と無理なく子どもたちが聴く体勢をとり続けられなくてはならないという問題が残る。なので私は、演目を何にするかということより、時間とともに変化する子どもの集中力をどのようにコントロールしていくかを中心に、全体の構成を考え、演目を決めている。
司会の登場するタイミングや、演目で奏者がスタンドプレイするタイミングなど全て、子どもたちの集中力に大きく関わる問題であるし、演奏会の中盤では子どもたちがほどよく飽きてしまうことも、全体の構成を見渡したときには必要なため、計画的に飽きるシーンも挿入している。
全ては、コンサート終了後に「楽しいね」「うれしいね」「また来ようね」を子どもたちの心に芽生えさせ、コンサート会場を後にした時、お母さんやお父さんと、とびきりの会話を楽しんでもらうためだ。
弦うさぎとズーラシアンブラスから始まった「音楽の絵本」はその後さまざまな楽器を演奏するたくさんの動物奏者が集まって、今ではズーラシアンフィルハーモニー管弦楽団というフルオーケストラにまで成長した。1月にはNHKのBSプレミアムにて「ズーラシアンフィルハーモニー管弦楽団」の東京オペラシティコンサートホールでの演奏会が放映された。
これからも新たなクラシック音楽の世界を切り拓いて、親子がときめく演奏会を制作していきたいと考えている。
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