連載コーナー
私の体験

2018年10月掲載

エゴン・シーレ没後100年への旅

宮崎 郁子さん/ドールアーティスト

宮崎 郁子さん/ドールアーティスト
■お問い合わせ先
宮崎郁子ホームページ
http://www.kmzs.jp/
メールアドレス
ikm@violin.ocn.ne.jp
人形とエゴン・シーレと私

10歳の時、私は初めて人形を作った。そして今日まで途切れることなく作り続けている。

子供の頃、父の机の引き出しに入っていた小さな人形が欲しかったがもらえなかった。その人形は戦時中の慰問袋に入って戦地の父のところに届いたものであり、その後ずっと父の心の支えとなっていたものであった。その時から人形は私にとって特別な意味を持つようになり、見よう見まねで人形作りが始まった。

人形は玩具ではない。人形ほど「私」自身を理解してくれるものはない。いつも人の傍らにひっそりと寄り添ってくれる祈りの存在でもある。

私は、エゴン・シーレ作品に初めて接したとき、これが絵画であるということさえまったく忘れ、私自身のように感じ、生きるのが苦しかった青春時代がよみがえってくるのを感じた。まるで「私」自身を理解してくれる人形のように。そうして私のシーレ人形作りは始まった。

私はシーレのすべてを知りたくて、オーストリアのウィーン、トゥルン(シーレの生誕地)、チェコのチェスキー・クルムロフ(シーレの母マリーの出身地、シーレは風景画を数多く描いている)など、アトリエ跡、お墓、美術館など熱い思いで歩き回り、無我夢中でシーレ人形を作り続け、作品数は大小あわせて60点を超えた。そんな私に家族をはじめ多くの人たちが、いろいろな形で協力、声援を送ってくれた。今振り返ってみても本当にありがたく、なんと幸せなことかと思っている。

書店で初めてシーレ画集に出合った1995年には、阪神・淡路大震災があり、オウム真理教事件も起こった。そして、2011年3月11日、世界中に大きな衝撃をあたえた東日本大震災とそれに伴う福島原発事故が起きた。世界中で紛争やテロも絶え間ない。以前にも増して生きる意味を問い詰められている気がしている。

シーレが生きた時代も世の中の大きなうねりの中にあった。もがきながらも懸命に生き、第一次世界大戦終結直前に未来に希望を抱きながら、28歳のシーレはスペイン風邪に罹患し、この世を去った。

今、私はシーレが未来に託したものを形にできればと思っている。2013年に出版した初の作品集『樹の瞳』の挨拶文には、「シーレ没後100年にあたる2018年、シーレゆかりの地での個展を目指して!」と記していた。

そして夢と思っていた「2018年シーレゆかりの地での個展」は今年本当に実現した。

ドールアーティストへの道

1998年、私は倉敷でシーレ人形による初個展を開催した。評判は上々で、次の年には京都の「昔人形青山」、2000年には原宿「せ・ら〜る」と当時の創作人形作家の登竜門ともいわれた2つのギャラリーでの個展も果たした。2001年にはニューヨークで毎年開かれていた世界最大のドールフェアに声をかけて頂き、私たちのグループは世界で一番有名な人形専門誌「Dolls」でも紹介された。

しかし、良いことばかりではなかった。作家の自覚もなくあっという間にニューヨークまでやって来たことに対する違和感はいなめず、一緒に行ったプロの作家から強烈な攻撃を受け、作家としての意識を考え直す必要に迫られた。

悶々と悩むある日、美術史家であり日本におけるエゴン・シーレ研究の第一人者である水沢勉さんからメールを頂いた。偶然、私のホームページを見てくださったのだ。「発表の折には情報をお教えください」と簡潔に書かれた水沢さんからのメールは、再び私にシーレを作らせる原動力となった。

それ以来、時々助言も頂き、私の人形もだんだんとシーレにふさわしいものになっていったような気がする。

エゴン・シーレ没後100年にむけて

倉敷でのシーレ人形の初個展の時、ご覧くださっていたお客さまから「ウィーンで個展を開きなさいよ」と言って頂き、「はい、それではシーレ没後100年にシーレゆかりの地での個展開催を目指します」と答えた。そして、それは私の人生の目標となった。その時にはまだ20年も先であったシーレ没後100年は、夢のまた夢であり、私は気楽に夢を語り続けた。

毎年個展を開催、企画展にも声をかけて頂くようになり、チェコの現代美術のギャラリー・ルドルフィヌムからも企画展へのオファーを受けた。国内でも奈義町現代美術館(岡山県)、カスヤの森現代美術館(神奈川県)では個展が開催できた。

すべてが順調に見えたが、現実にはシーレ没後100年の前年になっても、ゆかりの地での個展の手がかりは何もつかめていないままであった。そんな中でチェコのチェスキー・クルムロフのエゴン・シーレアートセンターがシーレのアトリエをリニューアルし、制作の場としてアーティストに提供するという話をいち早く聞きつけ、滞在制作の権利を得ていたことだけが唯一の頼りだった。

滞在制作はシーレ没後100年の前年、2017年11月の1カ月間。私はそこに望みを託し、等身大シーレ人形を手持ちで滞在制作先であるシーレのアトリエに持ち込むという暴挙に出た。滞在期間中はSNSで滞在制作の様子を発信し続けた。

これが功を奏したのか、帰国の頃には、エゴン・シーレアートセンターでの展示が決定した。2018年はシーレ没後100年だけでなく、チェコにとって独立100年という節目の年、その翌年が女性に選挙権などの権利が与えられた年ということで女性アーティストに焦点を当てた展覧会がシーレセンターで企画立案中であった。その女性アーティストの一人に私も加えて頂いたのだ。

等身大シーレ人形を残して私は一旦帰国し、瀬戸内市立美術館(岡山県)での個展をこなし、展示する人形を選定、梱包してチェコに送り出し、展示のため3月末再びチェコへ向かった。

ついに夢が実現

チェコに残していた等身大シーレ人形は、オーストリアの映像作家の手でショートアニメとして制作の真っ最中だった。シーレを通じてアーティスト同士の友情を深めることもできた。

現在、私の展示はこのショートアニメと共にエゴン・シーレアートセンターで公開されている(2019年1月末まで展示予定)。

夢が実現したことで私の使命は終わった。しかし、もしかするとこれがスタートなのかもしれない。すべてなすがまま。来年の秋には、あしやシューレ(兵庫県)での個展も決定した。前を向いて新たに踏み出そう。

  • 慰問袋に入っていた父の人形

    慰問袋に入っていた父の人形

  • シーレのアトリエでの等身大シーレ人形

    シーレのアトリエでの等身大シーレ人形

  • エゴン・シーレアートセンターでの展示風景

    エゴン・シーレアートセンターでの展示風景

(無断転載禁ず)

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