島々に宿る祭りの鼓動 ~四百の島をめぐり、祈りの瞬間を写す~
- 黒岩 正和さん/写真家
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海外バックパッカーから島旅へ
中学生の頃、芸人さんがヒッチハイクでユーラシア大陸を横断するテレビ番組を見て、海外を旅するバックパッカーに憧れ、18歳になると野宿で海外を旅し始めた。その旅は途中のハプニングで帰国することになり、しばらく海外に渡航できない状況となったが、若かった私は、「海外に行けないなら海の外…。島、そうだ、島に行こう」と思い立ち、日本の島々を野宿しながら旅をするようになった。お金のない若者に島の方々は優しく、家に招いてくれたり、ご飯をごちそうになったり、酒を酌み交わしたり、さまざまな出会いに恵まれた。こうして私は島旅に魅了されていった。
島のハレの日、祭りとの出会い
訪れた島数が100島を超えた頃、とある島で初めて祭りに出会った。今まで見てきた島の日常とは違う光景が広がっていた。愛知県・篠島の大名行列では、神様の「オワタリ」が行われる時間になると、その様子を島人たちが見ることができないように島中の電気が消える。家々の電気はもちろん、街灯や自動販売機の電気も消え、漆黒と化した島は、まさに非日常の世界だった。島に大切に受け継がれている想いに心震わせ、島の祭りを追い始めた。それから20数年かけ、日本の有人島(硫黄島を除く)を全て訪れ、400以上の島の祭りを撮影してきた。
海域ごとに違う島の祭り
島の祭りは海域によってがらりと表情を変える。瀬戸内海には里海特有の盆行事や水軍に由来する祭事があり、九州などアジアとの貿易拠点となった島では、大陸と大和が融合した文化が根付いている。海が文化を結び付け、それぞれの島が育んだのだ。
特にお盆行事は、海域ごとの違いが鮮明に表れる。日本海にある島根県の西ノ島で行われる精霊(しょうりょう)流しでは、竹と麦藁(むぎわら)を組み合わせた全長10メートルを超える巨大な「精霊(シャーラ)船」が作られる。元々は小さな船だったが、150年ほど前から大型化し、各地域の人たちが協力して作っている。
また、歴史的に大陸との関わりが深い長崎県の五島列島では、独自に進化した念仏踊りが残されている。その一つ、福江島で受け継がれる「チャンココ」という先祖供養の念仏踊りは東南アジアからの影響が色濃い。顔まで覆われた花笠と腰蓑(こしみの)を着け、鈴と太鼓の音で踊る。
忘れてはいけないのが来訪神の存在だ。特に鹿児島県や沖縄県に多く、鹿児島県・悪石島で旧盆行事の最後に現れる来訪神・ボゼはビロウの葉で体を覆った異形の姿をしている。その姿は、アジア諸国を旅した時に出会った山岳少数系民族の神様を思わせる。海によって文化がつながっているのを感じられる。
島の祭事を撮り続ける写真家として
島の祭りは高齢化や人口減少とともに、担い手不足が深刻だ。近年のコロナ禍も大きな影を落としており、休止したまま現在も行われない祭事も多い。一度休止してしまえば、再出発は容易ではないが、香川県・小豆島の「中山虫送り」が2011年に復活したのは明るいニュースだった。夏至から数えて11日目にあぜ道を歩き、豊作を願う。映画『八日目の蝉』で重要なシーンとして登場し、注目を集めたのがきっかけだった。島内だけでなく、外の人々がどれだけ関心を持つかも、祭りの継承のために重要になってきている。
島の祭りは本当に多種多様で、各島がその歴史と風土の中で育んできた祭りは、同じ名前の祭りであっても全く同じものはない。2025年1月には、こうした記録をまとめた写真集『百島百祭』を刊行した。島人にとって大切な祭事の移ろいや変化を、これからも記録していきたいと思っている。
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