博多織に込めた誇り~横綱の化粧まわしを支えた、唯一無二の職人技~
- 大野 浩邦さん/博多織職人
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染織工房シルクトーン
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化粧まわしと共に歩んだ職人人生
土俵入りで関取たちが締める化粧まわしは、十両以上の力士だけに許された、いわば特別な装いです。
私はその化粧まわしの生地を、全国で唯一、手織りで仕立てている職人です。これまで貴乃花、若乃花、曙、白鵬、鶴竜など、歴代の名横綱たちの化粧まわしも手がけてきました。
手織りの化粧まわしは、艶やかで上品な光沢があり、しなやかで体によくなじみます。見た目の美しさだけでなく、締めたときの感触や安定感も、土俵入りの所作を引き立てる大切な要素です。
博多織で化粧まわしを織るようになったのは、1960年ごろ。父が初代若乃花のために仕立てたのが始まりでした。当時は西陣織が主流でしたが、博多織の丈夫さと締めやすさが注目され、それ以降、多くの注文をいただいております。
私は1944年生まれ。糸が布へと変化していく工程に心をひかれ、小学生の頃から工房に出入りし、仕事を手伝っていました。18歳で呉服店に入り、全国を回って着物を販売しながら経験を積み、20歳から本格的に職人の道へ。45歳のとき、初めて自らの手で化粧まわしを織り上げました。
番付が変わるたび、力士の運命が動き、化粧まわしもまた新たに生まれます。大相撲が続く限り、私の仕事も終わらないでしょう。
背負うのは責任と誇り
化粧まわしの長さは7m、幅は70㎝、重さは約10㎏。そこに使うのは、一般的な博多織の帯の3倍にもなる絹糸の量。経糸は1万7000本、それに16本を束ねた緯糸を杼(シャトル)で何度も通し、何度も打ち込み、高密度に織り上げていきます。
力も時間もかかる作業で、朝から夕方まで織っても、1カ月に2本が限界。それでも、作業中は常に集中を保たなければなりません。織り目の詰まり具合、糸の張り、杼の動き。少しの気の緩みが、そのまま仕上がりに出てしまうからです。
そして何より大切なのが、織る前の下準備です。糸繰り、整経、糸継ぎ。この細かな作業が布の出来を左右します。これらがきちんとできていなければ、いくら織りの作業が丁寧でも、布にはムラや乱れが出てしまいます。特に無地の化粧まわしはごまかしがきかず、わずかな狂いも目立ってしまうのです。
化粧まわしを織るというのは、見た目には華やかな仕事に見えるかもしれませんが、実際は静かで地味な作業の積み重ねです。効率化が求められる現代にあっても、手間を惜しまず美を追い続けたいと考えています。
時間と手をかけた分だけ、布には確かな個性と豊かな表情が生まれ、その瞬間にこそ職人としての手応えを強く感じます。
化粧まわしは、力士が誇りを背負って土俵に立つときに身につけるもの。その一枚を任されることは、私たち作り手にとってもまた、大きな責任であり、誇りでもあるのです。
革新なき伝統に未来はない
私は昨年、傘寿を迎えましたが、年齢を重ねても自分の手で新たなものを生み出す喜びは色あせることがありません。ものづくりにおいて、ただ同じことを繰り返すだけでは衰退してしまいます。伝統を守りながらも革新を求める気概が必要です。
「本当の自分とは何か」を問い続ける中で、私は伝統に頼らず、新たな表現の道を歩み始めました。その革新的な取り組みは、縦横無尽に糸を重ねて生み出す独自の不織布「ランダム布」を用いたアート作品へと発展しました。ランダム布は、不規則に絡み合う糸が独特の質感と立体感を生み出し、既成の布にはない自由な表現を可能にします。こうした技法を駆使し、個展も開催しながら、ものづくりの幅を広げています。伝統と革新を織り交ぜ、これからも創作の道を歩み続けていきたいと思います。
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