甲殻類の世界を解き明かす 分類学の研究で新種400種発見
- 駒井 智幸さん/動物分類学者
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はじめに
生物多様性という言葉をご存知でしょうか。われわれの生活は多様な生物が織りなす生態系によって支えられていて、生態系が人為的に損なわれると人間の生活にも大きな負の影響があると考えられるようになってきました。このような背景があり、どのような生物がこの地球上にいるのかを知ることの重要性が広く理解されるようになりました。生物多様性の基礎となる種レベルでの多様性を解明するのが分類学です。私が取り組んでいる研究は十脚甲殻類(エビ・カニ類)を対象とした分類学です。
研究のきっかけ
私が小学生の頃、当時住んでいた岩手県宮古市の海岸ではまだ埋め立てが進んでおらず、海岸でよく遊んでいました。自宅から近くの浜まで徒歩数分。最初は貝類に興味を持ち、収集を始めました。浜小屋や漁港を訪ね、漁師さんにお願いして刺網や底引き網などで深場から得られる標本を集めるようになり、そこから甲殻類にも興味を持つようになりました。いろいろな種類が集まってくると、やはり名前が知りたくなります。カニ類については1976年に『日本産蟹類』という書籍が講談社から刊行され、これがあれば種類を調べることができました(高価な本でしたが、小学校5年生の時に買ってもらいました!)。
一方、エビやヤドカリについては当時の図鑑ではよく分かりませんでした。学校の先生に聞いても分かりません。それなら自分で調べてみようと思い立ち、これがきっかけとなり北海道大学に進学し、学部4年生から水産学部の水産動物学講座(当時)に在籍し、十脚甲殻類の分類の研究に携わるようになりました。
研究の面白さ
大学の卒論では自分で集めた標本を中心に調べ、「岩手県沿岸産エビ類の分類学的研究」というタイトルで論文をまとめました。三陸沿岸にどのような種類のエビ類が生息しているのかについての情報は当時乏しく、この研究をまとめたおかげで、いろいろなことが分かりました。新種候補である未記載種と考えられる種類も三種見つかりました。初めて発表した新種はこの中の一つ(トゲキジンエビ)で、1989年に国立科学博物館の武田正倫先生との共著で論文を発表しました。
大学院では、タラバエビ上科の系統解析を学位研究とし、国内各地での標本の収集、大学に所蔵されていた十脚類標本の研究を並行して手がけるようになりました。研究を進めると、国内外の研究者とのつながりが生まれ、標本も集まってくるようになります。1993年に千葉県立中央博物館に就職し、翌年に水産学博士の学位を取得しました。その後は、大学の調査船・練習船を利用した乗船調査に参加したり、国内各地、特に琉球諸島に野外調査に赴き、標本の収集を進めてきました。海に出るのは楽しいですし、野外調査で採集された資料の中に見たことのない種類を見つけるのはワクワクするもので、それをしっかりと調べて、未知の種であることが分かった時の喜びは格別です(まあ、論文を書かなければ新種発表とはならないので、その後が大変ですが)。
また、研究を進めていくと、国外の研究者との交流が生まれます。年齢の近い研究者の友人もできました。1999~2007年にかけては断続的にフランスのパリにある国立自然史博物館に招聘客員研究員として招かれ、毎年1カ月ほどパリに滞在して、世界各地で行ってきた海洋調査で収集された資料の研究に携わりました。研究を積み重ね、これまでに362編の英文原著論文を公表、発表した新種の数は410を超えました。
今後の研究
2016年からは環境DNAを使った甲殻類の多様性評価の技術開発にも携わり、実用化に成功、広く利用されるようになってきています。2020年には、沖合域、特に海底の生態系を保全対象とした新たな海洋保護区(「沖合海底自然環境保全地域」)が設置され、そこに生息する生物の調査も開始されました。有人潜水調査船「しんかい6500」や無人探査機を使って生物の標本を集め、環境DNA分析も交え、どのような種類がいるのかの調査・研究を進めています。
海の中というのは、容易に近づくことができる場所ではありません。まだまだ知らないことが山のようにあり、それを解き明かしていくことに喜びを感じています。勤務する千葉県立中央博物館では2024年4月をもって研究科が廃止され、研究環境は厳しくなりつつありますが、細々でも継続できればと希望しています。
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