連載コーナー
本音のエッセイ

2024年6月掲載

マンション暮らしを懐かしむ

花木 裕介さん/がんチャレンジャー代表理事/産業カウンセラー

花木 裕介さん/がんチャレンジャー代表理事/産業カウンセラー
2017年(38歳のとき)、中咽頭がん告知を受け標準治療を開始。 社内でのキャリアアップが遠のく中、フルタイム勤務の傍ら、19年11月に一般社団法人がんチャレンジャーを設立。 23年8月、『キャンサーロスト「がん罹患後」をどう生きるか』を出版。
 

父は転勤族でした。東京、名古屋、埼玉、広島と、幼小中時代、私も都度転校を繰り返していました。新しい環境に入っていくのはいつも不安でしたが、毎回一緒のマンションに暮らしている同じ年代の友人ができたので、その点は恵まれていました。もしかしたら、両親はそのあたりも見越して物件選びをしてくれていたのかもしれません。

 

年代こそ近かったものの、友人の家の様子はそれぞれでした。専業主婦のお母さんがいる家もあれば、当時としては比較的珍しい共働きの家もありました。兄弟構成もさまざまでしたし、中にはお母さんが病気を患っている家族もありました。同じような間取りに住んでいても、一つとして同じ家族はない。そんなことを幼いながらに感じていました。

 

今私は、がん罹患(りかん)経験者の方が、前向きに治療に臨んだり、治療後の生活を送ったりできるような情報提供を中心に活動しています。がんという病気の特性上、私(現在45歳)と近しい年代の罹患者の方は女性のほうが多く、皆さんさまざまな悩みを抱えていらっしゃいます。自身の体のことはもちろん、家族のこと、お金のこと、仕事のこと、人間関係のこと…。普段はそういった悩みを表に出すことなく、人知れず悩んでいる方も少なくありません。もしかしたら、あなたのお隣の部屋の方が、何らかの病気を抱えていることだって十分あり得ます。もちろん、あなたご自身やご家族がご病気ということもあるでしょう。

 

人にはそれぞれ表に出しにくい事情があります。でも、もし近くの誰かに打ち明けることができたとしたら少しは気持ちが楽になるかもしれない。そのとき聞き手に求められることは、相手の話を決して否定しないこと。そして、先入観だけでものごとを判断しないこと(「がん=死」のような)。もちろん許可なく他人に話すこともNGです。

 

普段からそうした関係性を築いておくことで、いざというとき、お互いがお互いのよい支え手になれるのではないでしょうか。

    

現在私は人生で初の戸建てに住んでいます。それはそれで良い面もありますが、時折マンションで暮らしていたことを懐かしく思うことがあります。1階にある駐車場に降りると、いつも誰かが駆け回っている。時にお母さんも一緒に出てきている。時代が変わり、最近は子どもが遊んだり、親御さんたちがそのそばで語らったりするような場所も制限されているのかもしれません。でも、せっかくの縁ですから、人と人とのかかわりは変わらず残り続けてほしいなと願ってやみません。

(無断転載禁ず)

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