夢の中の天才。無限の可能性!?
- 吉井 省一さん/作詞家
- 広告代理店営業、コピーライターを経て作詞家へ。スーパー戦隊シリーズ「未来戦隊タイムレンジャー」や「劇場版どうぶつの森(大貫妙子)」の主題歌から、山の日制定記念曲「山はふるさと(加藤登紀子)」、演歌まで作詞。日本作詩家協会理事。山の日アンバサダー。
先日、不思議な夢を見た。中学時代(かなり昔のことです)、同級生がいきなり、「僕はマンガ家になる!」と宣言する夢だ。そして、「これを書いてみたんだ。読んで感想を聞かせてくれ」とマンガがびっしり書き込まれた原稿を差し出す。私はそのマンガを読み始める。
ところが、これが今まで読んだことがないくらいオリジナリティーがあって実に面白いのだ。ストーリーから、コマ割り、構図、ペンのタッチまでが本当に素晴らしい。細部に至るまでプロ並みに仕上がっている。友達はいつのまにこんな技術を身に付けたのだろうと、夢の中の私は引き込まれるようにマンガを読みふけった。
すぐに起き上がって、ストーリーだけでも書き留めておけばよかったのにとおっしゃる方もいると思う。しかし、実際は起きてみると、驚くほど素晴らしかったという事実?記憶?しか頭に残っていなかったのだ。
何が言いたいのかというと、人の頭脳には本人さえ驚くほどの底知れぬ可能性が埋まっているのではないかということ。私はマンガの原作など書いたこともなければ、コマ割りや構図などの専門知識も何ひとつ持っていない。それなのに、私の夢の中では、名作マンガが確実に完成していた。
作詞家をやっていると、卓抜したフレーズがちっとも浮かんでこなくて、考えれば考えるほど深みにはまり、あげくの果てに「もうダメだ」「才能なんてこれっぽっちもない」と髪をかきむしってはデスクに突っ伏してしまう。皆さんもご存じの有名作詞家もあとワンフレーズが出てこないと言って壁を叩いて、拳を血だらけにしたと聞いたことがある。
そのくせ、いいフレーズがふと浮かんだりすると、「天才というのはこういうことだな」などとあごをさすったりもする。振り返ってみると、そんなことを年中繰り返している。
この不思議な夢のように、頭の中に掘り起こされていないアイデアや才能がもし眠っているとしたら、こんなに心強いことはない。埋蔵金を掘るのだって、あるかどうかまったくわからない場所を掘るのと、この辺りに埋まっているという確証がある場所を掘るのでは、雲泥の差がある。何より、やる気が違ってくる。
科学的にも、人間の脳はほんの数%しか使われていないらしい。これをお読みの皆さんも「私にはそんな才能なんかない」「やるだけ無駄だよ」などとおっしゃらずに、ちょっとでも興味や関心のあることにチャレンジしてみてはいかがでしょう。意外と眠っていた才能がシャキッと目覚めるかもしれませんよ。
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