サケが食べられなくなる!?
- 山本 智之さん/科学ジャーナリスト
- 国内外で潜水取材を実施。「海洋」と「環境」をテーマに執筆や講演を続けている。朝日新聞社科学医療部次長、朝日学生新聞社編集委員などを歴任。近著は『温暖化で日本の海に何が起こるのか』(講談社ブルーバックス)。X(旧ツイッター)は@yamamoto92
南北に長い日本列島には、地域ごとに独自の「魚食文化」がある。たとえば、北海道の「めふん」(サケの腎臓の塩辛)、沖縄県の「スクガラス」(アイゴ類の稚魚の塩蔵品)といった珍味がそうだ。
いまの世の中では、新幹線や飛行機で人々が大量に、ものすごいスピードで移動している。これほど人やモノの往来が盛んなら、食文化も全国的に均一化しそうなものだ。だが実際には、各地域の独自性が色濃く残っている。食の習慣というのは意外に「保守的」なものらしい。おかげで旅行をするたびに、その地方の名物料理を楽しむことができる。
ただ、そんな日本の魚食文化にいま危機が迫っている。各地で食用に親しまれてきた魚たちが近年、だんだん取れなくなっているのだ。その大きな原因が「海の温暖化」だ。日本をとりまく海の平均水温は、この100年で1.24度高くなった。海中で暮らす魚たちにとって、平均水温が1度上がるというのは、とても大きな変化だ。実際、水温の上昇に伴って、日本の魚の分布は大きく変わり、漁業にも影を落とし始めている。
サケの主産地の北海道では、海から生まれ故郷の川へと戻ってくるサケの数が、2000年代後半から急速に減り始めた。近年はピーク時の半分だ。その原因として、温暖化による水温上昇が指摘されている。一方で、これまで北海道ではなじみの薄かったブリは、1990年代に比べて漁獲量が約20倍に増えた。ブリの食文化がほとんどなかった北海道ではいま、せっかく取れたブリの消費をどう増やすかが課題になっている。
「東のサケ、西のブリ」という言葉がある。サケは東日本、ブリは西日本の魚食文化を代表する魚、という意味だ。だが、そうした食文化の地図が、温暖化によって塗り替えられつつある。伝統的な日本の魚食文化を守るためには、温室効果ガスの排出削減を進め、温暖化にブレーキをかけることが欠かせない。ただ、率直な見通しをいえば、このままでは温暖化はかなりのレベルまで進むことが避けられないだろう。
暖かい海に多いアイゴ類は、温暖化で日本列島を北上し、藻場を食い荒らして「磯焼け」を広げると予測されている。藻場を守るためには、アイゴ類を食用にする習慣があまりなかった東日本でも、積極的に漁獲して食べる取り組みが大切になってくる。
このように、今後は消費者になじみのなかった南方系の魚がたくさん店頭に並ぶ機会が増えていくはずだ。そうした魚を「見たことがない」「知らない」と毛嫌いせずに、食生活に積極的に取り入れ、新たな魚食文化をつくっていく―。これからの時代は、そんな心構えが必要ではないかと思う。
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