連載コーナー
本音のエッセイ

2023年12月掲載

「健康欲」に踊らされて…

畑中 三応子さん/食文化研究家・料理編集者

畑中 三応子さん/食文化研究家・料理編集者
「食は社会を映す鏡」をテーマに近現代の食文化を研究・執筆。近著は『熱狂と欲望のヘルシーフード「体にいいもの」にハマる日本人』(ウェッジ)。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」を受賞。プロ向きから初心者向きまで多くの料理本を手がける編集者でもある。

近現代の日本でブームを起こした食べ物について書くのが私の仕事。なぜそれが流行したのか、理由や社会的背景を考えるのが好きなのである。幕末から今日までの流行はほぼ把握しているつもりだが、なかでも惹かれるのがヘルシーフードの世界。いつまでも元気で長生きしたいという「健康欲」が繰り返させたブームは、面白くてやがて悲しきエピソードの宝庫である。

50年ほど前、紅茶キノコがどんな難病も癒やす奇跡の食品として一世を風靡(ふうび)した。当時の記録で驚いたのは、一流の学者や評論家、政治家たちが口を極めて効果を誉めそやしていたことだ。健康食品は薬品ではなく、ただの食べ物。冷静に考えればたちどころに病気が治るはずないが、健康欲には理性を吹っ飛ばす、底知れないパワーがあることを確信した。

あるテレビ番組で、よく練って20分間放置した納豆を朝晩1パックずつ食べるだけでみるみる痩せると紹介されて大きな話題を呼んだが、内容がすべて捏造(ねつぞう)だった事件はまだ記憶に新しい。

いま、あらゆるメディアに健康情報が氾濫し、何が体に良くて悪いか、しつこく教えてくれる。これ、健康で“あらねばならない”というプレッシャーになってはいないだろうか。40兆円を超えた医療費をこれ以上増やさないよう、病気を防ぐさまざまな施策がとられ、健康でいるのは国民の義務と化した感もある。

健康的な生活を営むのは私たちの権利だが、義務になると苦しくなる。そこから少し離れ、食をもっと自由に、普通に楽しんでいい。ときには不健康に生きる権利だってある。それが私が書く健康食史の裏テーマだ。

といいつつも、サプリメントの広告はいつも気になる。1996年のサプリ解禁当初は、食べすぎても「なかったこと」にしてくれるダイエットサプリの登場が衝撃的で、がっつり食べるとき、こっそり飲んだ。老眼になりかけて視界がぼやけてきたときは、ブルーベリーエキスを熱心に服用。コロナ禍で家にいる時間が増えてハマったのが、睡眠の質を改善するサプリだった。

物忘れが多くなったと感じる最近は、認知症予防サプリの広告に目が釘付けになっている。「認知機能の一部である記憶力の維持をサポート」「元気な脳で、いつまでも聡明な毎日を」などの文言がキラキラしたマジックワードに見えてならない。

カプセルや錠剤の形状をしていてもサプリは食品だから、効果があるとしても、ほんのちょっぴり。それを頭で理解していても、踊らされそうな自分がいる。健康欲は、本当に厄介だ。

(無断転載禁ず)

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