車いす生活を受け入れて…
- 志茂田 景樹さん/作家・よい子に読み聞かせ隊隊長
- 1980年『黄色い牙』で直木賞受賞。著作は500冊を超える。絵本・児童書にも力を注いでおり2014年『キリンがくる日』で第19回日本絵本賞読者賞受賞。また「よい子に読み聞かせ隊」隊長として、メンバーとともに全国各地で1900回以上の読み聞かせ活動を行っている。
77歳という高齢での関節リウマチの発症により、気がついたときには車いすユーザーになっていました。この病気に伴う間質性肺炎にも罹(かか)り、いまだに関節リウマチの症状は不安定で、手首、肘が痛むので車いすを漕(こ)ぐことができません。
散歩のような外出でも介助人が必要ですし、少し遠くへの外出ではリフト付きの介護専門タクシーのお世話にならなければなりません。日常生活には万事に不自由をしていますが、その分、健康なときの生活がとても恋しくなることがあります。
「ああ、カラオケに行きてえ」
思わずの呟きにそそのかされて、手近のサプリの瓶をマイクに見立てて握りしめたことがあります。
健康時は1日10キロのウオーキングを日課にしていましたが、今は夢の中でスタスタ歩いていることがあるんですね。
でも、それは車いす生活をしっかり受け入れている今の僕が、自由自在に歩き回れた僕を夢の中で生かしていることだと思うのです。
夢の中の僕は三段跳びの世界記録を打ち立てて小躍りして狂喜しますが、だからといって夢から覚めて今の自分を情けないと責めることはまったくありません。
困るのは独りよがりの考えで誘ってくる人がいまだに絶えないことです。
「車いすでいいからさ、明日明後日あたり飲みにいかないか」
前述したように、僕にとって外出は大支度になります。それ以上に、症状が安定していないので箸を使うのもソロリソロリです。更に間質性肺炎をやった後遺症で、コロナに限らずウイルス、細菌による感染症に罹りやすいのです。酒席に出て飲食することは苦痛でしかありません。
でも、そういう誘いをしてくる人の気持ちは、健康時代の僕の気持ちでもあったのです。
以前、車いすに乗って一人で外出中の人をよく見かけました。電車の乗降時こそ駅員さんの介助を受けていましたが、後はエレベーターや、バリアフリーのところを巧みに使って積極的に行動していました。
約200万人といわれる日本の車いすユーザーの中で、そういう人は少数派なのです。そのことは車いすユーザーになって初めて知ったことですが、それはともかく僕は車いすを受け入れることで、半分嫌々受けていたさまざまな誘いを断つことができて、その結果、自分と真剣に向きあえるようになったことをとても素直に喜んでいます。
それは新しい自分の世界を広げることにつながるのです。
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