連載コーナー
本音のエッセイ

2021年11月掲載

大切なことはすべてテレビが教えてくれた

岡室 美奈子さん/演劇・テレビドラマ研究家

岡室 美奈子さん/演劇・テレビドラマ研究家
早稲田大学演劇博物館館長・文化構想学部教授。テレビドラマ研究、現代演劇研究、サミュエル・ベケット研究等が専門。舞台芸術の保存にも取り組む。訳書に『新訳ベケット戯曲全集1 ゴドーを待ちながら/エンドゲーム』、編著書に『六〇年代演劇再考』など。

小さい頃、いわゆる「コミュ障」だった。自意識過剰で家族以外と上手にコミュニケーションが取れず、幼稚園に行くのが苦痛でしょうがなかった。先生が家まで迎えに来てくれても、ピアノやミシンの脚につかまって、親が根負けして「行かなくていい」と言うまで泣きわめいた。

で、幼稚園に行かずに何をしていたかというと、外で駆け回るような活発な子どもではなく(活発だったら幼稚園に行っていただろう)、覚えているのはおもに2つだ。

1つは空想の世界で遊ぶこと。運動オンチのくせに自分はサイボーグ003(唯一の女性メンバーだ)だと思い込んで、どうやって世界を守るかを真剣に考えていた。今よりずっと思考のスケールが大きかった。

もう1つはテレビを見ることだ。私は物心ついた時から家にテレビがあった最初の世代である。とにかくテレビが好きで、特になぜかドラマが大好きだった。意味もよくわからずに、テレビの前にぺたんと座り込んで食い入るように画面に見入っていたものだ。

幸い小学校にはそれなりになじむことができた。けれども私のテレビ好きは収まるどころか、ますますテレビっ子になっていった。

その結果、私はテレビから多くを学ぶことになった。たとえば言葉だ。大人たちの語彙(ごい)をかなり早く習得したと思う。そして、少しオーバーかもしれないけれど、人の心の複雑さも知った。人は時に思ってもいないことを言ってしまうとか、思っていることをちゃんと言わないからすれ違うとか、恋愛は厄介だとか、そんなことを日々観察する、かなり老成(?)した子どもだった。

今思えば、テレビは私にとって友達であり、社会に開かれた「窓」だったのだと思う。幼稚園にも行けない内向的な子どもにとって、ドラマを通じて自分の家族以外のたくさんの大人や子どもに出会い、その悲喜こもごもを疑似体験することで、世の中にはさまざまな人びとがいて、それぞれの生活があるのだと知った。

テレビが人間の想像力や思考力を低下させて「一億総白痴化」をもたらすと言ったのは大宅壮一だが、テレビは私に想像の翼を与えてくれたと思う。

ただのテレビ好きの子どもが、まさか大学でテレビ史やテレビ文化論を教え、ドラマ批評を書くようになるとは思ってもみなかったが、言ってみれば今の私があるのは「コミュ障」だったおかげである。人生は不思議だ。ドラマチックでなくてもドラマみたいに面白い。

(無断転載禁ず)

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