YouTuberがぶつかる壁
- 番長 みるくさん/YouTuber、ライター
- 大阪出身、ドイツ育ち。劇団四季の舞台俳優として6年間在籍し、『ウィキッド』ネッサローズ役で初舞台に立つ。退団後、ライザップの大会で関東優勝、全国優勝を果たす。現在はライターとYouTube『番長みるく大学』で演劇や芸事について配信している。
YouTubeでチャンネルを開設して早くも1年半。当初はこんなに長く続くとは思っていなかった。きっかけは些細(ささい)なことで、1人目の子どもが生まれた後、話し相手が赤ちゃんしかいない時間があまりにも長かったからだ。
夫は仕事で、日中は家にいない。つまり家には、赤ちゃんと私という頼りないふたりだけ。ようやく喃語(なんご)を話し始めたベビーは「あー」とか「うー」とか私に必死に話しかけてくれる。わが子はかわいいが、意味のある大人の会話がしたいと思い始めるのも時間の問題だった。
ママ友を作れば、夫の愚痴や育児の大変さを共感できたかもしれない。しかし育児と家事と仕事でクタクタになって、さらに新しい知り合いを作るエネルギーは私には残されていなかった。仲良しの母親に電話してもいつも似たような会話になるし、悩んだ結果、YouTubeを始めることにした。もしかしたら私に興味を持つ人が見てくれるかもしれない。さらにうまくいけばYouTuberで食っていけるかもしれないという淡い希望を抱いて。
そんな期待があっけなく打ち砕かれるのは、収益化がようやく始まって初めての振込金額を見たときのこと。動画を作る労力には見合わない、雀の涙程度の収益額だった。舞台俳優時代のお客さんが退団後も熱心に見てくれるものの、それだけで生活するのは夢のまた夢かもしれないと思い知った。
趣味程度に始めた動画配信を独学で続け、「メンバーシップ」というYouTube内の動画クリエイター配信機能を使って、ファンクラブ兼通信講座のようなものまで開設できるようになった。内容はミュージカルのマニアックな知識や、舞台俳優の経験から、歌やダンス、演技のコツを教えるというもの。
しかし何がヒットするかわからないもので、私が暗い顔をして不幸話をしているものが最も人気の動画となった。試行錯誤を続け、配信した動画が300本を越えた頃、私はあるひとつの結論にたどり着いた。「正解はひとつではない」ということ。
人気YouTuberや同じ劇団の後輩YouTuberのマネをしていた時期もあったが、結局、何がヒットするかはわからない。「こんなものが」という動画がグングン人気になる。それでも収益額は子どものお小遣い程度のものだが、続けているからこそわかることも、見える世界もある。
動画を通じて私を知り、街中で私を見つけて硬直する人も出てきた。YouTuber界ではまだ無名に等しい私だが、続けてみようと思う。その先には、まだ私が知らない楽しそうな世界が広がっているのだと信じて。
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