連載コーナー
本音のエッセイ

2021年9月掲載

「ちょっと待って」は、何分?

嘉原 妙さん/アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー

嘉原 妙さん/アーツカウンシル東京 プログラムオフィサー
2010年よりNPO法人BEPPU PROJECTでアーティストの作品制作サポートや市民と協働したツアープログラムの開発等に従事。2015年より現職。「東京アートポイント計画」、アートプロジェクトの現場を担う人材育成事業等を担当。

「ちょっと待って、ってどれぐらい待つ感覚ですか?」

そう尋ねられて、正直少し固まってしまった。だって、これまで一度も考えたことがなかったから。

昨年、アートプロジェクトのコミュニケーションやアクセシビリティへの視点を育むことを目指して企画・実施した「手話と出会う~アートプロジェクトの担い手のための手話講座~基礎編」で、講師に尋ねられた質問だった。「ちょっと」は何分待てば良いか分からないから、「5分待って」と具体的に伝えるのが大事だと教わった。「ちょっと待って」。

いつも何気なく使っていたことばが、聴者の感覚的なものだということを、このときまで私は知らなかった。他にも、「7月中に書類を提出」と言われたら7月31日頃が期日だと私は思う。でも、手話でそのまま「7月中」と表すと、ろう者は「7月の真ん中」、つまり7月15日頃が期日だと思う。これは「中」という手話表現が、真ん中のイメージを想起させるからだ。

手話と日本語、異なる言語と想起するイメージの違い。何も知らなかったことに恥ずかしさを感じながら、同時に、ろう者の感覚や認識世界にぐいぐい引き込まれていた。なぜなら、私の捉えている世界の奥行きがぐっと広がっていくのを感じたから。それは、アーティストの視点や表現に触れたときの、自分の価値観が揺さぶられるあの感覚に似ていて、私は心の中で「わー!」と驚嘆の声をあげていた。

「手話はイメージが大事」だと講師は繰り返し言っていた。相手の手話を見て、その人がイメージしているものは何だろうと想像し、自分のイメージと重ね、相手が何を伝えようとしているのか理解しようとすることが大切だと。

それは、コミュニケーションの本質だ。私たちは一人一人感覚も想起するイメージも違う。だから、ときに誤解や誤読が生まれ、伝わらなさに悲しみ、悶える。でも、共鳴や共感を実感できるときもある。その喜びを知っているからこそ、人は、他者とどうにか意思疎通をはかろうと努力し、さまざまな方法や表現を編み出してきたのではないだろうか。

手話やろう者の認識世界という、まさに異なる文化との出合いを通して、私は改めて、自分と他者との関わりについて捉え直す入口に立てたように思う。それは、17歳の私が美術に出合い、アートが今、私の生きる社会と私自身をつなぐ扉に見えたときのように。

その先にどんな風景が広がっているのかは、まだ分からない。だからこそ、今、まだ見ぬ世界への期待と緊張と共に胸が高鳴っている。

(無断転載禁ず)

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