連載コーナー
本音のエッセイ

2021年7月掲載

せんべい依存症

星野 智幸さん/小説家

星野 智幸さん/小説家
早稲田大学卒業後に新聞社勤務を経てメキシコに留学。1997年『最後の吐息』で文藝賞を受賞しデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2015年『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞。近著に『だまされ屋さん』等。

じつは私は「せんべい依存症」である。せんべいには、タバコとかお酒とかトランス脂肪酸を含むジャンクフードのように、依存性の物質が含まれていると、根拠なく確信している。さもなければ、ほぼ毎晩、「いけない、今日こそはやめよう」と念じながら、あの香ばしさの誘惑と1秒ごとに戦い、結局は敗れて、ポリっとせんべいをかじり、焼けたうるち米の広がる香りに身を委ね、しょうゆやうま塩の味に恍惚(こうこつ)とする、という日々を繰り返すはずがない。

そう、困ったことに、この衝動は夜、寝る前の遅い時間に襲ってくるのだ。せんべいに含まれているであろう依存誘発物質(私の脳内だけに存在する物質)は時限性を持っていて、人間の1番弱くてヤバい時間を狙ってくるらしい。

依存だから、食べ始めたら止まらない。毎夜、1袋を食い尽くさん勢いだ。「全部食べるのはさすがにどうかと思う」という警告が頭の中に聞こえてきて、1枚とか2枚だけ残してやめる、というのが通常である。むさぼりながら、「これはお米なんだから、カロリーの摂りすぎだけが問題なのであって、栄養成分としては体に悪くはない。体に毒なジャンクフードなんかとは話が違う」などと、自分で自分に言い訳をしている。「やめようと思えばいつでもやめられるんだから、自分はアルコール依存症ではない」と正当化するアルコール依存症者と一緒だ。

せんべい依存の傾向は以前からあったが、コロナ禍で一気に重症化した。漠然とした重苦しいストレスが原因なのは間違いない。

でも私には、これを改める気がない。先が見えずダラダラと続く自粛生活の中で、少々ゆがんではいるが、小さなストレス解消手段であることも間違いないのである。

もし、夜中のおせんべいを自分に禁じたらどうなるか。試してみたところ、お酒を飲み始める、通販の買い物量が急増する、同居人とのけんかが増える、仕事に対し無気力になる、などの症状が出た。

つまり、せんべいへの依存をやめたら、他への依存へ移るだけなのだ。特に、他人を傷つけたりするほうに向かうのは、最悪だ。本当はストレスそのものを減らせればいいのだけど、コロナをなくすことは自力ではできない。ワクチン接種が広がるまでこの生活は続く以上、害ではあるけれどできる限り毒性の少ない依存を自分に許すことは、生き延びる知恵だとも思うのである。

ちょっとだけ、自分に緩く。コロナ禍で発見したこのスタンスは、たぶんコロナ後も自分を生きやすくしてくれるだろう。

(無断転載禁ず)

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