連載コーナー
本音のエッセイ

2020年12月掲載

母の料理に勝るものなし

永谷 正樹さん/フードライター兼フォトグラファー

永谷 正樹さん/フードライター兼フォトグラファー
1969年愛知県生まれ。名古屋の「食」をテーマに、グルメ情報誌『おとなの週末』、Webメディア『東洋経済オンライン』などに記事と写真を提供。地元テレビ番組のコメンテーターも務める。セミナーや講演会で「食」や自身の仕事についての講演も好評。公式HP https://www.nagaya-masaki.com/

フードライター兼フォトグラファーとして、20年近く仕事をしてきた。ミシュランの星付き店からB級グルメまで、旨いものならジャンルを問わず食べてきた。

そんな私は幼い頃、食が細い上に偏食だった。今でこそメタボ体型だが、中学生くらいまではガリガリのヒョロヒョロ。風邪を引くと、いつもこじらせてしまい、小学生の頃にはたびたび入院することもあった。

心配した母は、何とか栄養をつけさせようと、ハンバーグやコロッケ、唐揚げなど子どもの喜びそうなものをたくさん作ってくれた。父が食べるものとは別に作っていたので、かなり面倒くさかったに違いない。にもかかわらず、私は母の期待を裏切り続けた。幼い頃は食べることにまったく興味がなかったのだ。なぜなのかは自分でもよくわからない。

家族で食事に出かけても、たいしてうれしくはなかった。5歳年上の姉もまた食が細く、うなぎ屋で一杯のうな丼を半分ずつ分けて食べていたことを覚えている。

私も親となり、子どもたちがおいしそうにご飯を頬張るのを見て、何とも幸せな気分になった。母にそんな思いをさせてやれなかったことは悔やんでも悔やみきれない。

しかし、幼い私が心の底からおいしいと思ったものが唯一あった。それは、母が芝居の観劇帰りに買ってきたサンドイッチ。それも、名古屋駅や栄の地下街にある老舗の喫茶店『コンパル』のミックスサンドと野菜サンドだった。

ミックスサンドの中身は、玉子サラダとハム、トマト、キュウリ、コールスローサラダ。一方、野菜サンドは、コールスローサラダとキュウリ、トマト、ポテトサラダをサンドしている。いずれもぎっしりと詰まっていて、食べ応えも十分。

私はコールスローサラダを床やテーブルにこぼしまくり、手や指をドレッシングでベタベタにしながら夢中で頬張った。世の中にこんなおいしいものがあったのか!と幼心に感動した。

今食べても、味はまったく変わっておらず、当時の思い出が鮮明に蘇ってくる。フードライターとしての原点は、そこにあるのかもしれない。

母は8年前に亡くなった。『コンパル』のサンドイッチはいつでも食べることができるが、母が作った料理はもう食べられない。

ハンバーグやコロッケでなくてもよい。前日にたくさん作りすぎて余った天ぷらを丼つゆで煮込んでご飯にのせただけの天丼。火を入れすぎて煮詰まってしまった赤だし。子どもの頃、大嫌いだったものが今、無性に恋しい。

(無断転載禁ず)

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