連載コーナー
本音のエッセイ

2020年5月掲載

いとし、かなし、野良イス

Mr.tsubakingさん/ドラマー・放送作家・ライター

Mr.tsubakingさん/ドラマー・放送作家・ライター
Boogie the マッハモータースのドラマー。NHK『大!天才てれびくん』の主題歌を担当。BS朝日『世界の名画』構成作家。ライターとしては『日刊SPA!』や『TABLO』『東京ルッチ』などにて執筆。その他、ラジオパーソナリティやDJなどマルチに活動する。

バス停などに誰かが置いたイスを見かけることがある。私はこれを「野良イス」と名付け、見つけるたびに写真を撮っていて、今ではスマホには野良イスの写真が200枚以上保存されている。私がバス停のイスを撮影している姿を見た人は、かなり怪訝そうな顔をするけれど、撮らずにはいられない。

それは、かつて家庭の団欒の中にいたイスが、風雨にさらされながら屋外で頑張っている愛らしい姿に、第2の人生ならぬ「第2のイス生」を必死に生きているように見える愛らしさを感じるから。もうひとつは、野良イスは置くことも不法投棄だが、撤去することもまた犯罪だということ。「落し物」を拾ってネコババしたのと同じ罪にあたるのだ。この、前にも後ろにも進めない状況にもまた、悲しさを感じ愛でてしまう。愛らしさと悲しさが同居しているのが野良イスだ。しかしなぜ、逆にも思える「愛らしさ」と「悲しさ」をひとつのものから感じるのだろう。

先日、志村けんさんが亡くなり、それを受けて追悼特番が多くのテレビ局で放送された。その中で、晩年の志村さんのコントを見たが、お笑いのはずなのにどこか悲しい風情が漂っていた。またダウンタウンの松本さんが作るコントや映画にも、悲哀が流れているし、松本さんは事実「笑いの裏には悲しさがある」と語っている。

ここにも、ひとつのものに真逆とも思える「笑い」と「悲しさ」が同時に存在している。実は、日本人は「真逆のものを同じところから発生させる」ということを度々行ってきた。述べるといった意味の「宣る(のる)」という単語があるが、これにプラスの意識をつけたものが、後に「祝う」という言葉になり、マイナスの意識をつけたものが「呪う」という言葉になっていて、ひとつの言葉から真逆のものが生まれている。このように、同じ事象に別の色をつけていくことによって、志村さんや松本さんの作品も、悲しみと笑いが同居するものになっているのではないだろうか。

野良イスを見ている時も、私は愛らしさと悲しさがゴチャゴチャになった気持ちになるし、志村さんや松本さんのコントをみていても、悲しくて面白いという感覚になる。

そう考えると、感情には元々キャラクターはない。そこに作り手と見る者が色をつけていくということだ。あらゆる物事は、認識する者の心の現れだという考え方を、仏教では「唯識」と呼んでいたりもする。

 

散歩するだけで、お笑いのことから日本語のこと、仏教のことまで考えさせてくれる野良イス観察はオススメだ。

(無断転載禁ず)

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