連載コーナー
本音のエッセイ

2020年1月掲載

はやくビッグになりたい

森 達也さん/映画監督・作家

森 達也さん/映画監督・作家
1980年代前半からテレビ・ディレクターとして、主に報道とドキュメンタリーのジャンルで活動。98年にドキュメンタリー映画『A』を公開。世界各国の国際映画祭に招待され、高い評価を得る。最新作は昨年11月から上映中の映画『ⅰ-新聞記者ドキュメント-』。

インタビューが嫌いだ。

と書くと、人嫌いで偏屈な映画監督をイメージされるだろうか。決してそうではない。ついこのあいだも、「今回の新作映画、『i‐新聞記者ドキュメント‐』を発表した理由は?」と質問されて、「監督としてちやほやされたいから」と答えている。理由が30ほどあるならそのひとつ。嘘ではない。自己顕示欲は普通にある。ただし「お金のため」などと時おりネットで揶揄されるが、それはやっぱり違う。稼ぎだけを考えるのなら、時給に換算すればコンビニのバイト以下になるドキュメンタリー映画など撮らない。

「お金のため」はともかくとして、インタビューそのものは嫌いではない。でも発表した映画についてのインタビューは嫌いだ。なぜこの映画を撮ったのか。この映画のテーマは何か。あのカットの意味を教えてほしい。こうした質問に対して、答えはひとつしかない。

映画を観てください。

もちろんインタビュアーたちは映画を観たうえで質問している。だから次にこう続ける。

観てくれればわかるはず。そのように作っています。もしもわからなかったのなら、それは僕の作品が至らなかったから。それを言葉で捕捉したくないし、するべきではないと思う。

だから前作『FAKE』公開時、配給会社に僕は、「インタビューは受けないし舞台挨拶もしたくないしDVDを著名人に送ってコメント依頼することもやめてくれ」とお願いした。その場ではみんな黙っていたけれど、映画にとってパブリシティが何よりも重要であることは僕にもわかる。インタビューを受けなければ記事が出ない。舞台挨拶をしなければ話題にならない。多くの人が映画について知らないままに終わってしまう。映画は編集が終わって完成しても映画にはならない。観客がいる劇場で上映されて初めて映画になる。それにもしもこの映画が大赤字なら、制作や配給のスタッフたちの生活に大きな影響を及ぼすかもしれない。

こうして『FAKE』のときは、なし崩し的に取材を受けて舞台挨拶も了解した(ただしDVDを送らないことだけは最後まで貫いた)。映画のためだと自分に言い聞かせた。

だから今回は、わがままを最初から封印した。とにかくできるだけ取材は受ける。舞台挨拶もこなす。

でもやっぱりつらい。

例えとして(レベルが違い過ぎることは承知しながら)書くけれど、第9交響曲発表後に観客との質疑応答に応じるベートーヴェンを想像してほしい。あるいは「ゲルニカ」公開後に「ここで馬を配置した理由は?」などと記者から質問されて答えるピカソ。

絶対に蛇足だ。答えるべきじゃない。

でも答えなければパブリシティが出ない。自分の今のレベルでは、まだ懸命に答えるべきなのだ。もっとビッグになったのなら、取材や舞台挨拶は一切拒否しよう。そう思いながら、今はこの原稿を書いている。

(無断転載禁ず)

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