連載コーナー
本音のエッセイ

2019年9月掲載

実体のない概念「外遊び」

小松 貴さん/昆虫学者

小松 貴さん/昆虫学者
1982年生まれ、2010年信州大学大学院博士課程修了。博士(理学)。九州大学熱帯農学研究センターにて日本学術振興会特別研究員PD、その後国立科学博物館にて現在協力研究員。主な著書に『裏山の奇人 野にたゆたう博物学』(東海大学出版部)など。

先日息子が風邪を引き、近所の小児科へ行った。診察待ちの際、ふと待合室の壁に貼られたポスターが目に入った。

「遊びはごはん!」と銘打つそれは、健康のため子どもに外遊びを促すもので、魚採りや虫採りをする子どものイラストが描かれていた。そんな外遊びの場に、「公園」が挙げられていた。

今日び(特に都市部)公園に行けば「虫を採るな、草を抜くな」の看板ばかり。園内の池も芝生も、「入って遊ぶな」の看板とともに、柵で囲われているありさま。

じゃあ公園がだめなら山へ行けばいいのか?否。網を持って子どもと山へ行けば、やたら意識の高そうな山登りの爺婆が「自然破壊をやめろ!」などと因縁をつけてきたという話は、身の回りで幾つ聞いたことか。

山がだめなら川ならいいのか?否。日本の河川では、実は漁業権の関係で網による魚採りは禁止されている所がほとんどだ(餌で魚をおびき寄せる罠もダメだが、なぜか全国各地の釣具屋で当たり前にこの手の罠が売られている)。子どもの遊びなら黙認されるかもしれないが、現場で違法と言われたら言い逃れできない。

こうしてみると、今の日本は子どもに外遊びせよとケツをひっぱたく割に、子どもに外遊びさせる気が全くない国なのがわかる。子どもが安心して外遊びできる体制・法整備がまるでガバガバだ。事実上、今の都市部の子どもらにとって、誰にもとがめられず安心して虫採り遊びできる場所といえば、(庭付きの家に住んでいるなら)自分の庭くらいだ。

私が以前から、ずっと懸念していることがある。今、日本中で自然保護と称し保護区を設け、開発から守っている場所があまたある。保護区だから、当然そんな場所では虫採りも花摘みも禁止だ。一方、特に保護区でもなんでもない草原、湿地、雑木林は、急速に潰されて住宅街やらメガソーラーやらに置き換わっている。このままでは、「自由な自然」はこの国から欠片たりとも消滅し、「ガラス張りの自然」しか残らないのではないか。自然保護区を残す活動自体はとても崇高だし、重要だと思っている。しかし、「未来の子孫のために、美しい自然を残しましょう」のむしろ旗を掲げて結果残されたものが、何をするのも許されない自然ばかりであれば、それは結局未来に何も残していない。

私は上述の病院のポスターを見て、映画『火垂るの墓』で栄養失調になった節子を病院に連れて行った清太が、医者からの「滋養をつけろ」のそっけない言葉に対して「滋養なんて、どこにあるんだ!」と食ってかかったシーンを思い出した。 

(無断転載禁ず)

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