連載コーナー
本音のエッセイ

2019年3月掲載

人生100年時代はどう作られた?

門賀 美央子さん/文筆家、書評家

門賀 美央子さん/文筆家、書評家
1971年、大阪府生まれ。主に文学、宗教、美術、民俗関係の分野を手がける。著書に『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』、共著に『史上最強 図解仏教入門』など多数。

本年1月より「よみもの.com.」というWebサイトで、「文豪の死に様」と題した連載を始めた。日本の近代文学史上に残る作家たちの、死にまつわるエピソードを通して、現代社会の諸問題を見直してみようという企画なのだが、これがためにここ半年ほど、明治から戦後すぐまでの期間に生き、死んでいった文学者たちの人生と向き合う時間を過ごしている。

その過程で、今更ながら痛感したのが、公衆衛生と国民皆保険制度の重要性だった。

衛生への意識が未発達で、かつ誰もが気軽に医療を受けられたわけでない時代、実に多くの才能が「今なら治る病気」で命を落としている。

5千円札の顔である樋口一葉は肺結核に斃(たお)れ、24歳の若さで散った。他にも近代俳句の父である正岡子規が34歳、明治歌壇を流星の如く駆け抜けた石川啄木は26歳で、この病によって鬼籍に入っている。文豪の中の文豪とも言うべき森鴎外もそうだ(もっとも、彼はかろうじて還暦は迎えているが)。

もう一人の巨匠、夏目漱石の享年は49歳。死因は胃潰瘍で、長らく療養するも薬石効なく、働き盛りに没した。また麻疹やチフスなどの伝染病で可愛い盛りの我が子を失った文豪も少なくない。

どれも現代では予防や治療が可能な病ばかり。つまり、たった数十年前まで、日本人はささいな病気でバタバタ死んでいっていたのである。

近頃は人生100年時代という言葉がチラホラ出てきているが、それは早死地獄を見てきた先人たちが、衛生教育を普及させ、予防に力を入れ、誰もが安価に医療を受けられる社会を作ってきた努力あってのことだ。

ところが、最近になってこの恩恵を自ら捨てようとする人々が出てきた。混合診療を解禁せよだとか、ワクチン接種を拒否しようだとか、あらゆる歴史的成果をちゃぶ台返しするような主張が声高に唱えられているのだ。その主張の根拠は極めて近視眼的、もしくは非科学的で、本来ならまともに取り合う類の話ではない。しかし、それらに賛同する向きが少なからずいる現状がある。とても残念に感じる。

人間、生まれた時から身近にあるものの値打ちは見失いがちになるもの。だからこそ歴史に学び、先人の苦闘を知らなければならないのに、最近はそうした営為がとみに軽視される風潮がある。

現代日本人がなぜ長生きできるようになったのか、今こそ一人ひとりが見つめ直すべきだろう。ただ「日本すごい」と浮かれているだけではどうしようもない。

(無断転載禁ず)

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