嗚呼、夢の印税生活
- 佐藤 青南さん/作家
- 1975年長崎県生まれ。第9回「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞し、2011年『ある少女にまつわる殺人の告白』でデビュー。『行動心理捜査官・楯岡絵麻』シリーズ(宝島社文庫)、『白バイガール』シリーズ(実業之日本社文庫)など著書多数。
「真面目に働くのが馬鹿らしくなる」
業界の外の友人知人から、たまにこういう言葉をかけられる。おそらく悪意はない。夢の印税生活。通勤なし。休みも自由。そしてなにより、好きなことだけをして生活できる。そんなぼんやりとした「小説家」という職業への認識と憧れに基づく発言だろう。
まったくの見当はずれというわけでもない。印税で生活しているし、時間にも融通が利く。仕事として小説を書くのが「好きなこと」かどうかは判断の難しいところだが、やりがいはある。
けれどやはり、小説を書いて生活するのはそれほど甘くない。
そもそもよく「夢の印税生活」というが、よほどのベストセラーでもない限り、印税は何度も振り込まれるものではない。重版されなければ、発売時の一度きりだ。そして『重版出来!』というドラマのおかげでご存じの方も多いようだが、重版自体が大変なことなのだ。ほとんどの書籍は重版されないまま終わる。
では重版されない場合、長編小説1本の収入はいくらになるのだろうか。
最近、僕のもとに来る依頼は文庫書き下ろしがほとんどだ。文庫1冊が600円前後。印税は10%が相場で、1冊あたり約60円。初刷部数は平均して1万部なので、長編1本でおよそ60万円の収入になる。僕と同じ40代の平均年収は460万円。ということは、同世代と同じレベルの年収をえるためには、1年に7.6冊を刊行する必要がある。
ところが、だ。デビュー8年になる僕が、これまで刊行した作品数は21。年平均でおよそ2.6冊しか出せていないのである。1年に7冊以上の刊行を続けられるのはこの業界でも一握りの超人だけだろう。
もちろん、ここに挙げたのはあくまで一例に過ぎない。単行本や連載の場合には文庫化や原稿料などでもっと収入が増えるし、印税率だって売れっ子になれば相場より高くなる(らしい)。だが逆にもっと悲惨なケースもある――というより、ほとんどがそうだ。
幸運なことに僕の作品の中には重版を繰り返しているものもあり、前述の情報だけをもとに想像されるほど悲惨な生活にはなっていない。重版率は6割ほどだ。これはかなり優秀な成績らしい。それでも新刊を出すたびに、重版できずに終わったらどうしようと不安がつきまとう。売上だけは自力ではどうにもできないし、思い入れの深い自信作ほど売れないものだ。
いかがだろうか。これでも真面目に働くのが馬鹿らしい?
もう一度人生をやり直せるなら、僕なら真面目に働くけどね。
いや。いまでもじゅうぶん真面目に働いているつもりなんだけど。
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