美しさに宿る力
- 千代里さん/エッセイスト
- 元新橋芸者。引退後に出版した『捨てれば入る福ふくそうじ』が好評を博し、それがきっかけで講演活動も開始。独特の語り口と内容が口コミで評判を呼び、全国をまわる日々。福を呼ぶ心がけや男女のコミュニケーションについてのオファーが多い。
着物を着ていると、しとやかな女性と思っていただくこともあるのですが、小さいころは、日焼けした顔に刈り上げ頭で、いつも男の子に間違われていました。ガサツな性分で女の子らしく振る舞えなかったのです。でも、きれいな女の人が好きで、顔だけでなく、仕草の美しい女性に出会うと、ずっと一緒にいたくて、そばを離れませんでした。
例えば、それまで何とも思っていなかった1枚の紙が、その人が手に取った瞬間、とてもすてきなものに感じられて、そこからひと折り、ひと折りと美しい指が伸びたり縮んだりしながら紙に触れる様子を、吸い込まれるように見つめていたものでした。出来上がった鶴は、私が折る鶴とは全く別のもので、ものすごく大事なもの、きれいなものに思えました。「さわり方一つで、モノってこんなにいいものに変わるのかぁ」と思うことがたびたびでした。
その人の持っているものが、所作や作ったものを通して外に現れるということを目の当たりにしていたのだと思います。
大学卒業後に、長年の夢がかなって花柳界に入り、30歳まで新橋芸者としてお座敷に出る中で、美しい人の所作や言葉遣い、表情を見せていただく機会に恵まれました。「美しいものにはエネルギーが宿る」「美しい所作は無駄がなく、荒々しく急いでするよりも、かえって早くことが済む」ということを改めて確認する日々でした。美しい器や書、絵などにもエネルギーが宿り、それを見る人、使う人に力を与えます。手入れの行き届いた空間も然りで、料亭さんに入ると元気が出たものでした。優しく、丁寧に触れられれば、モノも人も輝きだし、力を増す。私もそんな動きができるようになりたいと努力していたはずなのですが…。
あれは数年前、新幹線でのことでした。着物でしずしずと乗り込み、座席に腰かけていたつもりが、1時間ほどたった時に隣の女性から「男らしい人ですね」と声をかけられたのです。いったいどこでばれたのか。その方曰く、窓越しに私を見ていたら、みかんを取り出したので「ひとふさひとふさ丁寧に筋を取って、さぞかし女らしく食べるのだろうと思いきや、皮を剥いたらそれを半分に割って2口で食べたでしょう!」とのこと。
油断大敵!!人様の前に出て気を張っているつもりでもこの有様で、家で気を抜いていると我ながら情けなくなることもたびたび。そんな時心がけるのはまず背筋をのばすこと。そして丹田に力を入れて、その他は柔らかくして丁寧に動くこと。根がおしとやかでない分、まだまだ精進が必要と感じるこのごろです。
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