連載コーナー
本音のエッセイ

2013年7月掲載

食べ物の曲がり角

大久保 洋子さん/近世食文化研究家

大久保 洋子さん/近世食文化研究家
1943年生まれ。元実践女子大学教授、日本家政学会食文化研究部会長、博士(食物栄養学)、管理栄養士。著書は、『江戸の食空間』(講談社 学術文庫)、『江戸っ子は何を食べていたか』(青春出版社)ほか多数。

日本は島国であることと、自然環境に恵まれていたことで、水や多彩な農産物や魚介類が手に入り、地域に応じての食文化が日常や行事を通して育まれてきた。しかし、昨今の科学技術の発達は、通信網や交通機関の目覚ましい発展を展開し、ここ50年くらいの間に国際化の波が押し寄せている。人や物の交流が速度を増し、結果、伝承文化は形骸化の方向になってしまったことは否めない。今やユネスコ無形文化遺産に「和食:日本人の伝統的な食文化」の登録申請をしている時代である。豊食の日本といわれて久しいが、コンビニ、スーパーで食材はあふれかえり、お惣菜売り場の面積もどんどん広がっている。そして、社会の労働状況にあわせて、中食産業も大いに展開された。

そんな中で食育基本法が成立し、食育という言葉が氾濫している。小学校の標語は「早寝、早起き、朝ごはん」である。朝食を食べずに登校する児童は午前中勉強に身が入らないという。そのため朝食給食を実施している学校が新聞に掲載されたりする。

食べるものを手に入れるために働いていた時代から、ゆとりの収入を得られる生活に変化したとき、当たり前だった食事が問題として浮上している。水と空気に値段はなかった時代から、水に値段がついたのは都市部に水道がひかれるようになってからである。やがて「飲み水を購入する」いう現象に驚いている瞬間が当たり前になってしまった。

日本のお茶といえば緑茶であるが、それもペットボトルになってしまって、最近は急須も知らないという若者が増えているという。少し前まで女子のお茶くみ現象が嘆かれていたが、お茶を上手にいれられれば特技になると女子大生には薦めている。といっても、今はコーヒーになり、本当に緑茶を茶葉からいれる場合は特別なことになってしまった。

こうなると、そのうち空気も何やら購入することになるのではないかと、危惧するのは私だけなのか?原発事故は福島の春のタケノコも食べられないものにしてしまったし、海はどうなっているのだろうか?魚を食料にできない時代が来るのだろうか。人工栽培のものしか食材にならない未来になってしまうのではないかと、考えるときりがない。

2008年のフランス映画『未来の食卓』は考える食事をわれわれに突き付け、2012年の『イラン式料理本』は食事を作ることの意味を投げかける。食べるものに困らないことに感謝しながら、春の花々を眺めながら、ため息がでる。かわいい孫の時代が想像できないため息である。

(無断転載禁ず)

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