連載コーナー
本音のエッセイ

2013年3月掲載

小さな呪文

高野 優さん/育児漫画家

高野 優さん/育児漫画家
NHK教育テレビにて「土よう親じかん」「となりの子育て」の司会を務め、子育てパパ・ママからの支持も厚い。「よっつめの約束」(主婦の友社)「思春期ブギ」(ジャパンマシニスト社)等、著書は約40冊。公式ホームページhttp://www.k4.dion.ne.jp/~alamode/

子育てが一段落したら、着物で暮らしたいとずっと思っていた。けれど、一段落する気配なんてどこにもなくって。むしろ、子どもの年齢が上がるにつれ、育児のゴールが遠ざかっていくような。これはもう勢いで着てしまおうか…とはいえ、敷居が高そう。

もじもじしている私に、粋に着物をまとう友人から、「昔の人はみんな着ていたんだから大丈夫!」という力強い一言。背中を押してもらうように袖を通し始めて3年目、難しいくせにおもしろくて奥が深い着物の世界を堪能中。

着物熱が楽しい方向に進んでいるのは、すてきな着物屋さんに出逢えたおかげかもしれない。呉服屋さんというよりも、親しみをこめて着物屋さんと呼ぶほうが、ぴったりとあてはまりそうなそのお店。店員さんも、お店に集まる方も着物が大好き!という気持ちであふれんばかり。着物はこんなに気軽でいいんだ、こんなに自由でいいんだと教えてくれた、居心地のいいひだまりのような場所。

つい先日、ちょっとかなしい話を耳にした。友人が普段着着物で歩いていると、突然、通りすがりのご婦人から、「なにその着方。すぐに脱ぎなさい!」と叱られたとか。

確かに、度を越えた着崩しは私だって首をかしげるし、冠婚葬祭では着物のマナーをきちんと守るようにしている。でも、柄や素材で気楽に気軽に遊ぶ、普段着着物という枠があったっていいはずなのに。なんだか腑に落ちなくて、胸の奥がつかえたまま。

そういえば、着物を着始めて間もないころ、着物姿で取材に伺ったことがある。インタビュー中も、帯が緩んでいませんようにと祈りながら、どうにかこうにか終わった帰り道。年配のご婦人から「ちょっとあなた」と声をかけられた。びっくりして振り返ると、その方はゆっくりと言葉を続けた。「着物を着てくれてありがとうね。うれしいわ!」と。

とまどいながら、「まだまだ下手で恥ずかしくって…」と伝えると、「いっぱい着てね。着物が喜ぶから」と言ってくださった。

ホンネを言わせてもらうなら、私が出逢ったご婦人のように、あたたかなまなざしで着物初心者をみつめてくださる方が多ければ、着物を楽しむ方だって、もっと増えるのに。

だって、取材で撮っていただいた写真のなかの私は、桜の木のしたで、とってもうれしそうに笑っている。あちこち着崩れて立ち姿だって目もあてられないというのに。それでも、着物を羽織るうれしさのほうが勝っている。

私は今日も着物をまとう。「着物が喜びますように」と、小さく呪文を唱えながら。

(無断転載禁ず)

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