連載コーナー
本音のエッセイ

2011年11月掲載

小津映画を読み父を読む

中井 貴惠さん/女優・エッセイスト

中井 貴惠さん/女優・エッセイスト
1957年11月27日生まれ。78年大学在学中に東宝映画『女王蜂』でヒロインデビュー。82年映画『制覇』で日本アカデミー助演女優賞を受賞。98年より『大人と子供のための読みきかせの会』の代表を務める。主な著書に『ニューイングランド物語』(文化出版局)、『父の贈りもの』『赤毛のアンを探して』(角川書店)。

この3年『音語り-小津安二郎監督の映画を読む』という朗読のシリーズを続けている。

音語りとはその名の通り音楽と物語を合体したもので、小津映画を朗読と音楽で聞いていただくというものである。

小津監督は私の両親の仲人で、私のことを孫のようにかわいがってくださった方である。まるでわが家をご自宅のように過ごされ、先生と私の楽しみは当時流行っていた『スーダラ節』を一緒に歌い踊ること。そしてロケ先からは幼い私宛にたくさんの絵はがきを送ってくださった。

先生は12月12日、60歳のお誕生日になくなられたのだが、以来この日には「小津会」と名付けられた先生を偲ぶ会が北鎌倉で行われている。ここ数年、私も母と一緒に参会しているのだが、この会で先生の遺影を眺めていると、ふと先生にまつわる何かを朗読することができないかという考えが浮かんだ。小津組のスタッフの1人であった山内静夫氏(現鎌倉文学館館長)に相談すると、それならぜひ「脚本を読んでみたらどうか」というお返事をいただいた。脚本を潤色という形で朗読用に書き直してあげるからそれを読んだらいい、というのである。

これまでいくつかの物語を朗読してきたが、脚本を読むというのは初めての試みであった。最初に手がけた作品は『晩春』。笠智衆さん演じる父と原節子さん演じる娘紀子の結婚にまつわる物語である。実際に声に出して読んでいくと、それぞれの役者を通して小津監督が映画の中にちりばめた個性的な登場人物を全て読み分けるという極めて過酷な仕事が始まった。2作目の『秋日和』は、私の父佐田啓二も出演しており、この作品の朗読を通して私はとても不思議な体験をすることになる。それは、父と同じ台詞を声に出して読むということ。演技であれば父親の演じた役を女性である私が演じることはできないが、ひとたびこれが朗読という形になると男性の台詞も声に出して読むことになる。何十年か前に父が開いたであろう同じ台本の同じページを開き、同じ台詞を声に出して読む。映画を何度も見ながら父と同じリズムで台詞を声に出していると、まるで父と同じときを過ごしているようなそんな気持ちになった。

そして今年5月、シリーズ3作目の音語り『東京物語』を発表した。尾道に住む老夫婦が東京にいる子どもたちを訪ねるこの物語は、小津映画の最高傑作といわれている作品だ。

クスッと笑ったりほろっと涙したり、そこには変わらぬ人間の営みと心の機微が淡々と描かれている。

どんな顔をして先生や父が見ているのだろう、と時々空を見上げる。でも、しばらくはこんな形で小津映画の魅力を伝えていきたいと思っている。

(無断転載禁ず)

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