連載コーナー
本音のエッセイ

2011年9月掲載

小さくて安全な城を超えて

三浦 丈典さん/建築家

三浦 丈典さん/建築家
1974年生まれ。早稲田大学卒業後、NASCAを経て2007年より設計事務所スターパイロッツ代表。著書に『起こらなかった世界についての物語』など。さまざまな設計・企画に携わる。工学院大学、横浜国立大学、早稲田大学芸術学校講師。「家の外の都市の中の家」展が東京オペラシティにて開催中(10/2まで)。

ついこの間、友達が引っ越したというので中目黒の新居にお邪魔した。まぎれもなく高級マンションなのだろう。正面玄関でピンポンしたあと、ロビーでもう1回、エレベーターに乗るときに1回、そして部屋の玄関で最後の1回。なんだか自分が招かれざる客人で、いやむしろ国家機密を握るスパイか、ヒロインを救出に行く勇敢な騎士にでもなった気分である。

自分のいる場所の壁を厚くし、塀を高くする、というのは豊かさの象徴だ。少なくとも今までの家や街はそういう価値でつくられている。音が漏れないよう、虫が入ってこないよう、家はどんどん性能を上げ、最近はまるで宇宙船みたいになっている。

外敵から身を守るための城壁を築くというのは、人間の本能であり、建築の原始的な姿でもあるけれど、たとえばヨーロッパの古い街なんかをみると、それは逆説的に、城壁内部の一体感や親密感のようなものを生み出していたことがよく分かる。1歩塀の中に入れば、兵士は兜を脱ぎ捨て、商人は風呂敷を広げ、農民は財布の紐をといた。城壁の中の人びとは味方であり仲間であり、大きな家族のようなものだったから。

それに比べて日本の城壁はなんて小さいんだろう。人がひとりふたりしかいない場所を、一生懸命囲っていて、部屋の外の人はまるで信用しない。みんなが自分だけの小さな味気ない城に閉じこもり、1歩外に出るときは見栄や世間体で武装する。だから、街は貧しく奥行きがなくなり、そうなれば塀はさらに頑丈にせざるをえないだろう。

去年、四谷に小さな建物を設計した。古い家や商店がかろうじて残っている街の一角に、4人家族の生活の場と小さな仕事場が合わさった建物だ。その建物は、部屋ひとつぶんの大きさのさまざまな台形の箱がまるで集落みたいにざわざわと積み重ねられていて、その佇まいから「スイミーハウス」と名付けた。箱ひとつひとつは不完全でか弱く、穴も空いているけれど、みんなが健気に集まり、頼りあっているから、全体としては自由で豊かになる、という思いを込めた。そして小さな魚のような箱たちは、下町に溶け込み、どこからどこまでがひとつの家か判然としないまま、大海原に広がっていく感じになった。

実はその話には続きがある。将来この家のまわりに同じようなスイミーハウスがたくさん建って、ほんとうにどこまでがひとつの世帯か分からないような、楽しい街角になることを夢見て、そのための仕組みをこっそりいくつか埋め込んでおいたのだ。

いまのところ、ご近所から設計の依頼はないのだけれど、誰か、ほかの場所でもいいので早く続きを建てさせてください。

(無断転載禁ず)

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