連載コーナー
本音のエッセイ

2011年8月掲載

居心地のいい場所

小島 慶子さん/ラジオパーソナリティ

小島 慶子さん/ラジオパーソナリティ
1972年オーストラリア生まれ。学習院大学法学部卒業後、1995年TBSにアナウンサーとして入社。1999年第36回ギャラクシーDJパーソナリティ賞受賞。2010年6月TBSを退社しフリーに。TBSラジオの『小島慶子キラ☆キラ』(月〜金13時〜15時半)のメインパーソナリティ、TBSテレビ『ゴロウ・デラックス』などに出演中。雑誌でエッセイの連載も多数。

あなたには、帰りたいわが家がありますか?私は若いころ、帰りたい部屋作りのために、ずいぶんと散財しました。当時は20代、まだ自分が歯がゆくて、1日の終わりにうまくいかなかったことを思い出しては、日一日と自分が嫌いになっていきました。念願かなって始めた1人暮らしも、街の喧騒の中から静かな部屋に戻るたびに、気に入らない自分と2人きりになる居心地の悪さが増すばかり。世田谷の高速道路沿いの細長いマンションの7階で、行き過ぎるトラックの地響きにビルごとかすかに揺れながら、私は生まれて初めて、紛らわすことのできない孤独と2人暮らしを始めたのです。

仕事が終わっても、家に帰りたくない。一緒に飲んでくれる友達もそうたくさんはいない。

眠くなるまでの数時間をどうやってやり過ごそうかと、駅から自宅までの道沿いにあるバーに1人で入ってみたり、ただただ飽きるまで散歩をしてみたり。背伸びをしながら、なんとかして孤独と折り合いをつけようと必死でした。

帰りたくなる部屋、居心地のいい部屋作りはまずはインテリアからだと、アンティーク家具を買いました。小さな文机の類ですが、美しい版画なども買って壁に飾ると、雑誌に出てくるような素敵な部屋に見えました。それでも飽き足らず、キリムと呼ばれる美しい織物を何枚も買って、10畳ほどのワンルームに敷き詰めたのです。そんな具合ですから、貯金は一切なし。飾り立てた部屋でアロマオイルを焚いて、好きなお酒を飲みながら、朝まで音楽を聴く。一生懸命「私は素敵な1人暮らしを手に入れて、幸せなんだ」と半ば自分をだましていたのです。でも一向にくつろげません。それはそうですよね、不完全な自分が受け入れられないのなら、どんなに部屋を完璧に整えても、居場所はないのです。

それから何年もたって、本当に自宅でくつろぐことができるようになったのは、結婚して家族を持ってからでした。ああそうか、とその時に思いました。必要なのは、完ぺきなインテリアじゃなかったんだ。むしろ、自分の足りないところや不格好な部分を「ま、いっか」と笑える場所が必要だったんだ。一緒にいる誰かのために、部屋を整えて工夫をする気持ちが、自分にも居場所を作るんだ、と。

誰にも、帰りたい部屋がありますように。足りないものがあると気がついたら、お金と手間をかける前に、ちょっとだけ自分に甘くなればいい。幸せに見えるかどうかなんて気にしない。それより少しだけ誰かを幸せにする楽しみを見つければ、世界は思ったよりさびしい場所ではなくなるのだと思います。

(無断転載禁ず)

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