歴史の転換期に備えよう
- 西木 正明さん/作家
- 1940年秋田県生まれ。平凡出版(マガジンハウス)に14年間在職。80年に作家活動に入り、『オホーツク諜報船』を皮切りに数々の賞を受賞。2000年に柴田錬三郎賞を受賞した『夢顔さんによろしく』は、劇団四季ミュージカル『異国の丘』の原作である。最新作は『さすらいの舞姫』(光文社刊)。
わたしたちは今、大きな歴史の転換期に差しかかっているのではないか。ここ数年、しばしばそういう意見を耳にする。
物書きになってわずか30年余り、浅学非才の身をも顧みず、歴史の裏舞台をテーマに据えて仕事をしてきた者として、わたしもそれを強く感じているひとりである。
1929年10月、世界はアメリカ発の大恐慌に見舞われた。その影響を強く受けた国はほぼ全世界に及ぶが、中でも深刻だったのが日本とドイツである。当時、日本は金融政策の誤りによる不況に加え、当時の基幹産業ともいえる生糸の売れ行き不振がもたらす昭和恐慌に喘いでいた。アメリカ発の世界大恐慌は、それに追い打ちをかけた。欧米の富裕層がぜいたくな絹織物を用いた衣類を購入しなくなってしまったからである。
ドイツはもっと悲惨であった。第一次世界大戦に敗れ、英仏などの連合国側から、極端ともいえる金額の賠償金を課されて、気息奄々の状態であった。それにとどめを刺すような、世界同時不況の引き金となる大恐慌が起きた。
呆然として、なすすべを知らないでいるところに、勃興してきたのがナチスである。ヒトラーに主導されたナチスの主張は、ドイツ国民の琴線に触れた。
われわれは、このような理不尽な状態に終止符を打たねばならない。そのためには英米仏などに先導されている、現在の世界秩序を変える必要がある。
そんなヒトラーの巧みな弁舌に、絶望の縁に立っていたドイツ国民は熱狂した。これにイタリアと日本が賛同し、日独伊三国同盟が成立、第二次世界大戦への流れを決定づけた最大の要因となった。
現在はどうか。2008年9月、まるで80年前の出来事を再現したかのように、同じウォール街発の世界恐慌、リーマン・ショックが起きた。バブル景気を謳歌していたアメリカはもちろん、十数年にわたる景気低迷からようやく脱却しつつあった日本、そしてアメリカのバブルに便乗していたヨーロッパの国々が、もろに影響を受けた。
立ち直りが早かったのは、中国やインドなどに代表される新興国である。とりわけ中国は、共産党一党支配による経済の開発独裁が功を奏し、日本を抜いて世界第二の経済大国になりつつある。
それに伴い、中国の言動に変化が起きた。それまでの慎みをかなぐり捨てたかのような言動が、最近目立つ。自らの体制の優位を誇り、一部の第三世界の国々を抱き込んで、アメリカを筆頭とする世界秩序に挑戦する姿勢を見せはじめている。
今後、どういう変化が起こるか予想がつきにくいが、わたしたちとしては、現在は歴史の転換期に入りつつあることを認識し、不測の事態に備える準備をおこたらないようにしなければならないと思う。
1929年10月の大恐慌から、1939年9月の第二次世界大戦勃発まで、ちょうど10年かかった。その流れをいま一度振り返り、きちんと検証する必要があるのではないか。
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