連載コーナー
本音のエッセイ

2010年7月掲載

食文化を外交に

西川 恵さん/毎日新聞専門編集委員

西川 恵さん/毎日新聞専門編集委員
1947年長崎県生まれ。 1971年、毎日新聞社入社。テヘラン支局、パリ支局長、ローマ支局長などを経て、98年〜2001年、外信部長。論説委員を経て02年から現職。著書に、『国際政治のキーワード』『ワインと外交』など。青山学院大学非常勤講師。フランス国家功労賞受賞。

パリ特派員時代、フランス大統領官邸のエリゼ宮で、各国首脳を迎えて執り行われる饗宴を取材した。

テーブルクロスやセンターピースの花などの装飾、また食器とナイフ、フォークなどカトラリーの選択、そして料理とワインのメニューの決め方、さらにはメニュー表紙の図柄の選び方など、執事長や料理長に舞台裏の準備の模様を事細かに聞いた。

これは拙著『エリゼ宮の食卓』にまとめたが、取材で感じたのは、饗宴は外交から切り離された、単に腹を満たす場ではないということだ。逆に政治そのものであり、どのようにゲストをもてなしたいかというホストの意図が如実に表れる場である。と同時に、食、ワイン、器、テーブル装飾など、フランスが歴史の中で築き上げてきた文化を、食を軸に総合的に見せているのがエリゼ宮なのだ。エリゼ宮はフランスのショーウインドーであり、各国首脳は饗宴を通してフランスのイメージを自分の中に結ぶ。

翻って日本。首相官邸や飯倉公館で各国首脳を招いて饗宴が持たれるが、まだ十分に日本は持てる力を発揮してないと私は思う。

日本料理は、そのおいしさ、ヘルシーな内容、盛り付けの美しさで世界的に人気がある。日本酒もジワリと外国に浸透している。ワインも素晴らしいものが生まれている。料理を盛る器、テーブルクロスなども、各地に伝統工芸品がある。

個々には世界に誇るものだが、残念ながら、それらを総合し、プレゼンテーションする力に欠けている。なぜか。端的に言えば、首相官邸で饗宴を執り仕切るのは首相秘書官で、仕事の片手間でしかやっていないからだ。

本来、饗宴の準備には細かな目配りが欠かせない。来日する首脳の国の歴史、文化、日本との関係などを総合的に勘案して作り上げていく視点が必要だ。首脳の政治的節目のワインを選んだり、国旗の色にクロスや花を合わせ、その国に縁のある器を選ぶなどだ。

日本の首相は饗宴でそれらを話題にし、相手国の首脳は日本の高い文化を食を通して感じながら、自分を迎える日本の手厚い心配りを感じ取る。

このためには、そうした感性と目を持った専門の執事を置く必要がある。もちろん女性でもいい。われわれはこれをもって官邸はムダをしているとか、高いワインを飲んでいると言うべきではない。広い意味での食文化と外交がかみ合って高い外交パフォーマンスを実現することは、日本の利益として戻ってくるからだ。

(無断転載禁ず)

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