連載コーナー
本音のエッセイ

2009年5月掲載

『コーラン』を読み出す

四方田 犬彦さん/比較文学者

四方田 犬彦さん/比較文学者
明治学院大学で映画史と比較文学を教えている。著書のハイライトの部分を集めて『濃縮四方田』(彩流社)を刊行。6月には日本と中国の映画的交渉についてのシンポジウムを開催。この数年タイやインドネシアなどに滞在し、現地の映画を研究し、『怪奇映画天国アジア』(白水社)として、近刊の予定。

もうずっと以前、初めてモロッコを旅行したときのことである。宿屋の主人と話していて、たまたま宗教が話題となったことがあった。ちなみに彼は篤実なイスラム教徒で、どんなに話が盛り上がっても酒など呑まない。どろどろのトルココーヒーに砂糖を入れ、戸棚から出してきたお菓子をパクつきながら話している。

主人にいわせると、ユダヤ教の経典である旧約聖書ほど当てにならないものはない。雑多なものがいっぱい混じっている。長い間にヘブライ語で書かれたものを、とにかくみんな集めておこうというので、いってみれば図書館のようなものだ。キリスト教の新約聖書はその点一応イエスとその弟子の言葉と行動だけを拾っている。もっともイエスの死後大分たってから書かれたもので、作者たちは誰も直接に彼を知らない。だから四つの福音書はみんな違っていて、本当にイエスがどう語ったかは、いまだによく分からないのだ。

そうだなあ、困ったもんだなあ。と、わたし。

そこへいくと『コーラン』は偉い。とにかくムハンマドが自分で説教した言葉をそのまま記録している。ほかに他人の書いた部分がない。純度100%であって、とにかく丸ごと信じてしまっていい。宿屋の主人はこういって自慢し、またお菓子に手を伸ばした。

このとき教えられたのは、ユダヤ教徒は旧約聖書1冊ですむが、キリスト教徒は旧約と新訳の2冊。イスラム教徒にいたっては、両方の物語はもちろんのこと、さらに『コーラン』までを読んでおかなければいけないということだった。ただ名前がいささかアラビア風に違っている。アブラハムはイブラヒムとなり、マリアはミリアムとなる。イエスはイーサーである。

イスラム教徒はキリストなど認めないと無邪気に思い込んでいたわたしは、目から鱗が落ちたような気がした。実は彼らもイエスの存在をキチンと認めている。ただ彼を救世主としてではなく、あまたある預言者の1人と考えているだけなのだ。

わたしは自分がイスラム教についてほとんど知らないことを、このとき恥じた。そして『コーラン』を読み出した。ところがこれが実に面白いのである。神聖な経典を面白いとは何事かとお叱りを受けそうだが、とにかく例え話が痛快であり、表情豊かな語り口に圧倒されてしまう。イスラム教徒は怖いといった欧米での偏見に惑わされず、虚心にこの書物をお読みになるよう、わたしはおすすめしたい。

(無断転載禁ず)

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