連載コーナー
本音のエッセイ

2009年3月掲載

決まりが悪い

金田一 秀穂さん/杏林大学外国語学部教授

金田一 秀穂さん/杏林大学外国語学部教授
1953年東京都生まれ。祖父は金田一京助、父は春彦。1983年東京外国語大学大学院修了。その後、中国大連外語学院、コロンビア大学などで日本語を教える。1994年ハーバード大学客員研究員を経て、現在は杏林大学外国語学部教授を務める。

古い日本映画を有線テレビで見るのが好きだ。少し前まで普通に聞かれていた言葉を、久しぶりに聞くことができて、うれしいことがある。

先日の映画では、「決まりが悪い」と言うのを聞いた。「そんなこと言われたって、決まりが悪いじゃないのさあ」と、女主人公が言うのだ。

「決まりが悪い」という気持ちを、少し前までの日本人は、かなり日常的に感じていた。いつのまにか、そう言わなくなって、そういう気持ちも失われてしまったように思う。

嘘がばれる、というような単純なものではない。恥ずかしいのである。世間様に顔向けができにくいけれど、それほどの大きな罪ではない。笑って済ませられる程度なのだが、落ち着かない気分になる。これは何なのだろう。

人には、分とか、世間体というものがある。世間がそのように見る評価であり、自分の能力に合ったものである。その人の行動が、それに足らないのも困るし、それを越えてしまうのもよくない。分際を守るとか、分を知る、ということが、大切な社会的徳目であった。

「決まりが悪い」というのは、その分を外れたことを知られて、恥ずかしい、ということなのではなかろうか。

例えば、自慢していたのに、それがたいしたことではないことを知られてしまう。あるいは、自己評価よりも世間の評価が高すぎて、恥ずかしく思う。「決まり」と合わない、のである。

私は、日本語学者として通っている。それが、名前がいいからというので、テレビに引っ張り出される。よせばいいのに、漢字クイズの回答者にされてしまう。そこで、漢字を読めない、書けないことを知られる。それは決まりが悪い。逆に、滅多にないけれど、さすがと言って褒められることもある。それもやはり決まりが悪い。日本語学者は漢字を知っていることで学者になっているわけではないのだから、自分ではどうでもないのだが、しかし、「決まりが悪い」のだ。

(無断転載禁ず)

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