連載コーナー
本音のエッセイ

2008年10月掲載

相撲界の威信を取り戻すことができるのか

二宮 清純さん/スポーツジャーナリスト

二宮 清純さん/スポーツジャーナリスト
スポーツジャーナリスト。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。1960年、愛媛県八幡浜市生まれ。スポーツ紙や流通紙の記者を経てフリーのスポーツジャーナリストとして独立。オリンピック、サッカーW杯、メジャーリーグ、ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開中。
ホームページ http://www.ninomiyasports.com

辞任した北の湖理事長(元横綱)の後を受け、日本相撲協会の新理事長に就任した武蔵川親方(元横綱・三重ノ海)は名力士が名指導者になった稀有な例と言えるだろう。

これまでに横綱・武蔵丸を筆頭に大関・武双山、雅山、出島、小結・和歌乃山ら多くの三役以上の力士を育てあげている。

かつて親方は私にこう言った。 「現役のときは、あまりしゃべりませんでした。でも部屋をつくって弟子をスカウトしてからは、よくしゃべるようになりました。だってしゃべらなければ話が進まないからです。(親方は)相手を説得しなければならない。黙っていたんじゃ、相手は納得してくれませんよ。

ていってもね、大風呂敷を広げるのはよくないです。結局、親御さんには、自分を見ていただくしかない。正直に、そして誠実に接するしかないんです。

だから私は“お預かりした以上、必ず関取にしてみせます!”と大見得を切ったりはしない。その子が強くなるかどうか、それは実際にやってみなければわからないじゃないですか。だから私が親御さんにお話するのは、せいぜい“本人の努力次第では強くなる可能性を秘めています。そのために私は一生懸命教えます”といったあたりまでです。

歯の浮くようなきれいごとを並べ立て、無理やり親御さんから預かったとしても、その子にやる気がなかったら、結局はもたないですね。途中で相撲を辞めて家に帰るなんてことになってしまったら、逆にその子にも親御さんにも迷惑をかけてしまう。だから、お預かりする以上は本人にも親御さんにも相撲のこと、相撲社会のことを納得してもらうんです。

今と昔とでは時代が違います。相撲を取り巻く環境も大きくかわりました。昔はこうだったから同じようにやるんだ、といっても、それはもう通用しません」。

やさしさと厳しさ、威厳と柔軟性を併せ持った親方といえるだろう。

しかし日本相撲協会は究極の既得権益社会で年寄名跡(親方株)をはじめとする利権の構造にメスを入れるのは容易ではない。外部からの理事の登用にしても、激しい抵抗が予想される。

新理事長は地に堕ちた相撲界の威信を取り戻すことができるのか。そのためには返り血覚悟で大ナタを振るわなければならない。

(無断転載禁ず)

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