連載コーナー
本音のエッセイ

2008年2月掲載

伝えることはムズカシイ

妹尾 河童さん/舞台美術家・エッセイスト

妹尾 河童さん/舞台美術家・エッセイスト
1930年、神戸生まれ。現代日本を代表する舞台美術家であり、エッセイストとしても知られイラスト入りの著書も多い。初の自伝的小説『少年H』は300万部を超す驚異的ベストセラーになり、話題を集め『毎日出版文化賞』を受賞。英語、中国語、韓国語にも訳され、ほかの国でも読み継がれている。

言葉で伝えることが近ごろ「ムズカシクなったなあ」とつくづく思う。まして60年も前の『あの戦争の時代』を若い人に伝えるのは至難の技だ。若い人は、特に戦争の話を真正面から語られるのを嫌がって逃げる傾向がある。でも、あの戦争のことをいま伝えておかないと、ますます風化してしまう。

かつて8月15日に、渋谷の街頭でテレビ番組のインタビュアーが、3人連れの女子高生にマイクを向け「貴女たちは日本が戦争をしていたころのことを、何か知っていますか?」と聞いた。すると彼女たちはお互いの顔を見合わせながら、「日本とどこの国が戦争したのですか?」と逆に尋ねた。アナウンサーが「アメリカですよ」と答えると、彼女たちが、言った言葉が「で、どっちが勝ったの?」だった。「アメリカですよ」と聞いて「ふーん」と言った。それを見ながら唖然としたが、「バカな奴だと笑ってはいけない」と思い直した。たぶん彼女たちも、学校の授業で教えられたはずなのに、記憶にないということは、伝え方が悪かったのかもしれない。

“伝えたつもり”でも相手に届いていなければ“伝えたことにはならない”からだ。

僕も77才になった。記憶していることを、どうすれば、次の世代に渡せるかと考えた。それには、子どもに直接読んでもらえるように書くのが、1番いい方法かなと思った。

それを聞いた親しいベテランの編集者が、「それは無理ですよ。子どもは活字の本は読みません。まして戦争時代の本は売れないというのは、出版界の二大ジンクスと言われていますよ」と言った。確かにそうかもしれない。しかし、そう聞くと逆にヘソ曲がりの僕は、「じゃ、やってみようじゃないか」と決心した。でもそのためには工夫がいるなと思った。

そこで『少年H』と題した自伝的な本を書くに当たって、5つのことに留意した。

まず、老人の思い出話を聞かせる感じにしないことが最も大事だと考えた。あの時代に生きた少年が、自分の眼で見たこと聞いたこと、感じたことを書けば、子どもたちも同じ年齢の子の話として読みとってくれるだろうと思った。

2つ目は、『あの異常な時代』を伝えるのに、年表の羅列のようになることは絶対に避けたかった。当時の町の人々の暮らしぶりや、親子や友人たちが何を語り、どんなものを食べていたかを書けば、『あの時代』が浮かびあがるはずだと考えた。

3つ目は可能な限り、登場する人物を実名で書くこと。そのほうが『事実は小説よりも奇なり』ということが鮮明になると信じたからだ。

4つ目は、子どもに長い物語を読ませるのは無理だと思ったので、1つの話を15分で読み切れる短編のように書いた。それが50篇つながると10年間の長編になる仕掛けである。

5つ目は、難しい表現は一切排除し、小学3年生の子どもから読めるようにした。といって決して子ども向きには書かず漢字を多用した。その代わり全ての漢字にはルビを振った。大人にはルビが煩わしかったかもしれないが、どんな大人も少年少女時代があったわけだから、読んでもらえるものにしたかった。

それらをクリアするのは非常に面倒なことではあったが、努力しただけの甲斐があったようである。

(無断転載禁ず)

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