連載コーナー
本音のエッセイ

2007年9月掲載

鉢植えのスイカ

小栗 康平さん/映画監督

小栗 康平さん/映画監督
1945年群馬県生まれ。1981年、「泥の河」(原作・宮本輝)で監督デビュー。アメリカアカデミー賞、外国語映画部門にノミネートされるなど、国内外で多くの賞を受賞。その後「伽子のために」(原作・李恢成)、「死の棘」(原作・島尾敏雄)「眠る男」。「小栗康平作品集」として4作品がDVD・BOXになる。最新作は「埋もれ木」。著書に「映画を見る眼」(NHK出版)「時間をほどく」(朝日新聞社)などがある。
ホームページ http://www.oguri.info/

友人から時計草の鉢植えを頂いた。正しくはクダモノトケイソウで、誘引されたツルの下の方ですでにいくつか実をつけていた。

20年近く前、私はこの甘酸っぱくておいしい果実を初めて知った。「死の棘」の撮影で奄美に滞在したときである。パッションフルーツともいい、南の暖かいところで育つものだから、そのパッションとは情熱といったことかと勝手に思っていたら、そうではなかった。Pは大文字で、キリストの受難を意味するらしい。

実際に花を見ると、なるほどそんな気がしないでもない。キリストが磔にあった姿だということらしいけれど、私には時計の文字盤と見る方が納得がいく。

まさかこうしたものが鉢で育てられるとは思っていなかったので、この夏はこの花と果実を十分に楽しんだ。花をつけるたびに綿棒で受粉し、熟れるとまるで不発弾のように鉢の中に落ちる。採りたてはピチピチで酸味も強い。十余りは収穫しただろうか。数は多くないけれど、それがかえって貴重に思えてよろこびが大きい。

鉢をくださった友人はかつて太田市場が秋葉原にあったころそこにいた人で、いまは独立して茨城で出荷組合を経営している。とにかくよく知っている。農家に作付けの指導をしながら、市場でそれを高値で売るのが仕事だから当然だとしても、聞くといちいちなるほどと思うことばかりで、摘果と摘蕾の違いなども教えられた。私などはまったく無知そのものである。

時計草のように鉢で育てられる、なにかおもしろいものはほかにあるだろうかと聞くと、ドラゴンフルーツもあるよという。形といい、大きさといい、これもやってみればきっとなかなかだろう。でもその友人は、来年は鉢でスイカをやったらどうだという。小玉スイカかと聞くと、ふつうの大玉だって大丈夫だという。信じがたいけれど嘘をいう人ではない。

スイカをというのには事情がある。私のところには小さな菜園があるのだけれど、畑を開いた最初の年、とんでもなく立派なものが採れただけで、その後はどうやってもうまくいかない。こういうツルの、なん節目の雌花をこうして、などと詳しく指導を賜るのだが成果が上がらず、いってみればサジを投げて、もう鉢にしろといっていることになる。

さてどうしたものか。鉢に生ったスイカというものも見てみたい気もするが、どうも気持ちがおさまらないで、迷っている。

(無断転載禁ず)

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