男が読む『赤毛のアン』
- 松本 侑子さん/作家・翻訳家
- 筑波大学卒業。テレビ局勤務を経て、1987年『巨食症の明けない夜明け』ですばる文学賞受賞。英米文学からの引用を解説した訳注付き全文訳『赤毛のアン』(集英社文庫)で脚光を浴びる。
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『赤毛のアン』は、女の子向けの児童文学だと思われがちだが、意外と男性がはまる。 私の新訳『赤毛のアン』を担当した50代の男性編集者は、まず原稿を読んで泣き笑いし、さらに校正のゲラ刷りを直すときも、笑い転げ、泣いたという。
完成した訳本をお送りした60代の作家の某先生は、講演旅行のカバンに入れ、なにげなく新幹線で読み始めたところ、あまりの面白さにホテルについても止められず、結局、朝まで徹夜で読了、感動の涙に目を赤くはらしました、とお葉書をいただいた。
今年2007年は、秋に、物語の舞台カナダ・プリンスエドワード島ツアーを催行することになり(私は案内役)、旅行会社の男性に『アン』をお渡しした。すると翌週、「こんなに良い本だったとは知りませんでした。涙が出ました」と恥ずかしそうに告白された。
そもそも『赤毛のアン』は1908年の発行当時、アメリカで文豪マーク・トウェインが大絶賛している。文学好きの男性をうならせる魅力に満ちあふれているのだろう。
1つには、作中に英米文学の傑作が、キラ星のごとく次々と登場する知的な面白さ。シェイクスピア劇の『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』、『マクベス』から聖書の名句まで膨大に出てきて、凝った仕掛けがある。
もう1つには、この小説は、人生の輝きをあきらめていた中年と初老の大人2人が、親のないアンを引き取るという大決断をした結果、生まれて初めて、生きる喜びを知り、新しい幸福をつかんでいく姿を感動的に描いているからだろう。
すなわち、人生も半ばを過ぎ、後は同じような暮らしが続いて、年老いていくだけ、と漠然と感じていた50代と60代の兄妹が、明るい光のようなアンを育てることによって、今まで当たり前に見ていた世界の別の美しさに気付き、生きる姿勢が変わっていく。
また、プライドが邪魔をして優しい気持ちを素直に伝えられなかった大人が、勇気を出して自分の殻をうち破り、人と人の間に通う本物の愛情を築いていく。
子どもの成長だけでなく、むしろ大人の成熟、人生の再出発をテーマにしているからこそ、男女を問わず、幅広い世代に愛されているのだと思う。
さて、私は今年1月から3月、NHKラジオ『ものしり英語塾』で「謎とき赤毛のアン」という講座を担当した。頂いたご感想の大半が、年輩の男性からでした……。
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