パッと浮かんだ言葉をサッと書く
- 増田 晶文さん/小説家
- 1960年大阪生まれ。人間の根源的な「渇望」を通底テーマにさまざまなモチーフの作品を執筆。歴史、時代小説の近作においては、新たな人物像を構築することに定評がある。代表作に『果てなき渇望』『稀代の本屋 蔦屋重三郎』『楠木正成 河内熱風録』など。
パカッ! 水面から顔を上げる。
新鮮な空気を吸い込むと、全身に満ちる酸素。ストロークとキックに力がこもる。呼気は水中で鼻から出し切り、肺を空に。
そしてパカッ! 再び息を継ぐ。
「とにかく息を吐け、空気が入ってくる」
小学校の水泳授業で、センセーはこう教えてくれた。純真かつアホな私はひたすら呼気、吐息、大息…。息を吸うことをしなかった。
おかげで、ずっとカナヅチだった。
ようやく「呼」と「吸」の道理に気づいたのは大学生の頃。たちまちプールの端から端まで往復できるようになった。小学校でちゃんと勘所を教えてくれていたらー。幼い日の夏は違った色彩に染まっていたことだろう。
こんな苦い経験があるから、うまい日本酒、筋トレ、戯作に浮世絵などなど、私がテーマにしてきたアレコレについて尋ねられると、惜しみなく秘訣をご教示している。
ところが、答に詰まる難問もある。
「文章がうまくなる方法を教えて」
ううむ、と唸るばかりなので怪訝な顔をされる。出し惜しみと勘違いして「ケチ」なんていう御仁もいるから始末が悪い。
大谷翔平なら打撃や投球のノウハウを理論的に伝授できるのだろうけど、私は公式や技術論に則って小説を書いているわけじゃない。一度も、誰にも、書き方を教わったりしなかった。ずっと、長嶋茂雄みたいに「スーッと来た球をガーンと打つ」って感じ。
文章は、幼少時の読書体験と言語環境で骨格ができあがると思う。私の母は文学少女のまま年齢を重ねてしまった人で、ひとり息子に惜しみなく本を与えてくれた。幼い頃の親友は本、物語の世界が遊び場だった。
また母は普段から古語、漢語を使った。「らうたし」「豈(あに)図らんや」「畢竟(ひっきょう)」なんて子供相手にいいます? 普通。ただ、おかげで古典には無理なく親しめた。
かくして、私というヘンテコな人間ができあがってしまい、学校や会社にはまったく馴染めないんだけれど、何とかペンを執って作家をやっている。
でも、文章のコツが「パッと浮かんだ言葉をサッと書く」じゃ不親切すぎる。せめてSNSやブログに応用できる要諦くらいはー。
そういえば、12年前、都内の私大で「レポートの書き方講座」を担当したことがあった。教えたのは「5W1Hを意識しろ」だけ。それでも、基本の「き」を徹底してもらったら、受講生の報告文作成力は格段に向上した。
SNSやブログも事実関係の論旨明確が肝要、5W1Hはきっと役立つはず。おまけに「文は人なり」なんて名言がある。「いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように」でシンプルに構成しても個性は宿る。文章というのは、そういうものだ。
「すご〜い、いいねが倍増しちゃった!」
5W1Hが効果抜群、好評だったらお知らせください。その時、私は、机の前で、皆さんの朗報を、しみじみと、味わうことだろう。
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