連載コーナー
本音のエッセイ

2025年12月掲載

免疫から学ぶ夫婦…

芹澤 健介さん/ライター

芹澤 健介さん/ライター
1973(昭和48)年、沖縄県生まれ。横浜国立大学経済学部卒。ライター、映像ディレクター。日本文藝家協会会員。NHK国際放送の番組制作にも携わる。著書に『がんの消滅〜天才医師が挑む光免疫療法』『コンビニ外国人』など。

 ライターとして「光免疫療法」という新しいがん治療を取材してから、「免疫」という言葉が前よりずっと身近になった。

 光の力でがん細胞を狙い撃ち、根治を目指すーそんな先進的な医療の根底にあるのは、私たちの体が本来持っている防衛の仕組み、つまり免疫だ。

 免疫についてまだ勉強不足だったころは、「免疫は強ければ強いほどいい」と思っていた。でも違った。強すぎても、弱すぎてもいけない。免疫のシステムは、絶妙なバランスの上に成り立っている。

 免疫は、基本的には体に侵入した異物を見つけ、攻撃して排除する仕組みである。一種のセキュリティシステムだ。

 ばい菌やウイルスが体に入れば追い出そうとするーそれが「正の応答」。個体が生きるための積極的な戦略であり、“正義の反応”とも言える。

 だが、この正の応答が強すぎると、自分を傷つけてしまう。花粉症やアトピーなどのアレルギーや、関節リウマチ、膠原病などの自己免疫疾患は、その典型だ。

 そこで働くのが「負の応答」。攻撃的な免疫細胞の過剰反応を抑え、全体のバランスをとる。今回、ノーベル生理学・医学賞を受賞した坂口志文・大阪大学教授が発見した制御性T細胞は、その負の応答をコントロールする、いわば免疫の守護者だ。免疫が暴走しないよう、ブレーキをかけている。クラスの学級委員のような存在である。

 けれど、この守護者にも影がある。がんはこの“抑え”の仕組みを利用して、免疫というセキュリティから逃亡を図る。つまり、抑える力は自分を守る盾にもなれば、敵の隠れ蓑にもなるというわけだ。

 最近気づいたのは、社会もまた人の体に似ているということ。正義感ばかりが先走れば、SNSの炎上のようにあちこちで炎症を起こす。やさしさが過ぎれば鈍感になり、怒りを忘れれば理不尽を許す。

 寒くなって風邪をひいたときに喉や関節が痛むのは、体が自分を治そうと炎症を起こしているからだが、それが全身に広がれば回復ではなく破壊になる。社会もまた、正と負の応答の釣り合いを失うと、崩壊しかねない。そうした紙一重の均衡の上に、生命も、社会も成り立っている。

 社会を機能させるために、正しいと思ったことは言おうと思う。でも、相手を攻めるだけではなく、時には引き下がる勇気を持つことも大事だ。そして、相手を思いやること。家族や夫婦といった小さな社会でも、そうしたバランスが大切なのだ、たぶん。だから、昨日ケンカした妻が起きてきたら、おいしいコーヒーを淹(い)れようと思う。

(無断転載禁ず)

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