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私の体験

2026年2月掲載

石膏に刻む理想美~美術教育を支える職人の手~

脇本 壮二さん/石膏像職人

脇本 壮二さん/石膏像職人
お問い合わせ先
石膏像ドットコム(堀石膏制作)
https://sekkouzou.com/
一子相伝の石膏像職人

小中高の美術室で誰もが一度は目にしたはずの白い胸像やトルソ。その石膏像を作る職人としての歩みはかれこれ30年を超えました。祖父の代から続く石膏像工房の家庭に生まれ、数年の会社勤めを経て20代後半で父に弟子入りしました。

製品としての石膏像のみならず、鋳型の制作も含めた技術は一子相伝で受け継がれます。工房で作る石膏像は400種類以上あり、それぞれに制作の勘所があります。その全てを学び、流れるように実作業をこなせるようになるまでには、ずいぶんと長い時間がかかりました。

現在は父も引退し、1人で石膏像工房の運営を続けています。

美の規範としての石膏像

石膏像について「美術室の白い住人」という以上のことを語ることができる人はあまり多くないように思います。美術大学を目指すアーティストの卵たちは毎日のように石膏デッサンに取り組むわけですが、単なる写実力の鍛錬として捉えている方が多い印象です。

石膏像をデッサンし絵画表現の基礎とする教育は、16世紀以降にヨーロッパ諸国で成立した王立の美術アカデミーで始まりました。ルネサンス以降、ヨーロッパ各地域では自国の文明を古代ギリシャ・ローマにつなげようとする傾向が強まり、続々と発掘される古代彫刻は、中世の間に失われた「美の規範」としてあがめられました。

しかしオリジナルは数が少なく、王侯貴族の所有物で広く一般に公開されるものではありません。そこで石膏による精巧な複製品が作られ、アカデミーの学生たちはこれを模写することで、古典・古代の「理想美」を学びました。石膏像は単なる模写の対象物ではなく、ヨーロッパ文明が自らの起源と認めた古典・古代のエッセンスを吸収するための立体の教科書だったのです。

職人技を駆使して「写し」を作る

石膏の粉を水に溶いて鋳型に流し固めると石膏像が生まれてきます。言葉で書くとシンプルに聞こえますが、立体の複製物を作るというのは単純な作業ではありません。まず鋳型を作る苦労があります。彫刻作品の複雑な造形を忠実に写し取る型を制作するには、長年の経験と知識が必要になります。さらにその鋳型を使って商品の石膏像を制作するためにも、10年では足りないくらいの修業が必要となります。

そんな苦労を乗り越えて生み出される石膏像は、有名彫刻作品の「写し」でしかありません。いうまでもなく、本当に価値があり評価されるべきはオリジナルの彫刻作品であって、「写し」の石膏像ではないのです。石膏像職人の仕事は、オリジナル作品の魅力を忠実に再現するための黒子でなければなりません。若い頃はコピーを作り続ける人生に疑問を感じた時期もありましたが、西洋美術史への理解が深まるにつれて、石膏像職人としての自分が美術の長い歩みの中の一部なんだと感じられるようになりました。今は誇りを持って日々の仕事に取り組んでいます。

石膏像工房のこれから

現在、日本で石膏像を制作している工房はわずか2軒になってしまいました。1950年創業の私の工房も親子3代にわたってたすきをつないできましたが、後継に引き継ぐことは考えていません。少子化や美術表現の多様化などもあり、石膏像の需要は年々縮小しているのが現実です。それでも写実表現の基礎訓練としての石膏デッサンは、美術教育の現場でいまだに大きな存在感を持ち続けています。また社会人向けのカルチャースクールやデザイン・ゲームなどの専門学校でも、石膏デッサンには根強い人気があるようです。

生産者が減ったこともあり、私の工房は日々忙しく作業に追われています。今年還暦を迎えるわけですが、石膏像を必要とする方がいてくださる限り、まだまだ現役で末永く活動していきたいと思っています。

  • 型は外側が石膏素材、内側がシリコン素材でできている

    型は外側が石膏素材、内側がシリコン素材でできている

  • 型に水で溶いた石膏を流し込み固めると、内側に石膏像ができてくる

    型に水で溶いた石膏を流し込み固めると、内側に石膏像ができてくる

  • 型の継目のバリを取り仕上げをして、腕・足の部品を取り付けて完成

    型の継目のバリを取り仕上げをして、腕・足の部品を取り付けて完成

  • 石膏像工房の様子。わずか10坪の敷地に450以上の型が詰め込まれている

    石膏像工房の様子。わずか10坪の敷地に450以上の型が詰め込まれている

(無断転載禁ず)

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