テントウ虫マークが導くヴェラ・ニューマンの世界~アメリカと日本をつなぐデザインの架け橋~

- 滝口 由紀江さん/ヴェラ・ニューマン コレクター
- お問い合わせ先
【インスタグラムアカウント】
@kiettkg
スカーフといえばヴェラ
1950~1970年代のアメリカで「スカーフといえばヴェラ」と称された伝説のデザイナー、ヴェラ・ニューマン。彼女は「芸術から全てのデザインが始まる」と語り、アパレル、日用品、インテリア用品などさまざまなデザインを手がけたアメリカン・ライフスタイル・ブランドの創始者。そして、幸運のシンボルであるテントウ虫マークとともに、皆から親しみを込めてファーストネームで呼ばれる人、それがヴェラである。
気がつくとテントウ虫のマークが
ある日、立ち寄った古着屋の「どれでも1000円」のポップが付いた箱の中にあった1枚のスカーフ。それがヴェラとの出会いだった。シルクでこんなにすてきな柄が、このお値段で手に入るなんて!と、とてもうれしかったのを覚えている。その後、気に入ったスカーフや服には、同じテントウ虫のマークと「Vera」というロゴが入っていることが多く、自然と興味が湧いた。服のフォルムはシンプルながら、大胆で手描き風の凝った柄と鮮やかな色使いが特徴だ。ドラマ『奥さまは魔女』や『刑事コロンボ』などで見かけることもあった。ニワトリのワンピースや姉様人形のブラウス、トウモロコシのシャツなど自由で遊び心のあるデザインも多い。気づけば、コレクションは600点を超えていた。中でもいちばんのお気に入りは、鯉のぼりのスカーフだ。
ヴェラと日本
ヴェラは1958年以来、たびたび来日している。日本とのつながりを深めるきっかけの一つとなったのが、墨絵の技法だった。単色の濃淡や筆圧の強弱で表現される、シンプルで洗練された美しさ。この出合いは、大きな影響を受けたとヴェラは語っている。
日本をテーマにしたコレクションでは、勢いよく描かれた鯉のぼりや吹き流しのデザインを発表。それらはまるで身にまとう芸術品、ウェアラブル・アートのようだった。
またマリリン・モンローやジョン・レノンといったセレブリティを顧客に持ち、百貨店で爆発的に売れた美しいスカーフには「Made in Japan」のタグが付いていた。そのルーツを探るなかで、横浜市歴史博物館が所蔵する11万点ものスカーフデザイン・アーカイブの中に、ヴェラのデザインが含まれていることを発見したのは、今思い出しても胸が高鳴る出来事だった。そしてそのご縁から、同館主催の「ヨコハマの輸出工芸展」でヴェラを紹介していただけることに。公的な場での展示は、彼女の名を日本で広める大きな一歩になったと、今も少し誇らしく思っている。
思うこと
ヴェラ伝説の一つに、驚くほどの商品数がある。最盛期には1年に600枚ものデザイン画を描き、全て色違いで商品化していたという。しかも価格は「良いデザインを手頃な価格で提供したい」というポリシーに沿ったもので、たとえばブラウスは当時の猫缶20個分ほどの値段だった。その価格で、新しいテーマのブラウスやスカーフが続々と発表される―。当時の女性は新作を見に行くのをどんなに楽しみにしていただろう。うらやましい限りである。
また、ヴェラが会社を辞め、小さな自宅キッチンで作品を作り始めたのは30代になってからである。そして「欲しいものが無いから自分で作る」、と会社を立ち上げたのは38歳の時だった。何かを始めるのに遅すぎることはない―。これは今も心強く感じる好きなエピソードだ。
これから
ヴェラがデザインした、たくさんの「すてき」と「おしゃれ」がつまったアメリカの普段着。アメリカでは大規模な回顧展が開催されるほど高く評価されている一方で、日本ではその存在がほとんど知られていない。それを残念に思い、これまでに2回「ヴェラ・ニューマン展」を都内で開催し、初の日本語によるヴェラの本を自費出版した。現在、3度目となる展覧会を計画している。これが最後の展覧会となる予定だ。開催まであと1年、ささやかながら個人のヴィンテージコレクションの集大成として、ヴェラのクリエイションとその魅力をできる限り伝える展示を目指し、準備を進めている。
(無断転載禁ず)
