連載コーナー
本音のエッセイ

2007年7月掲載

縄文人との交わり

島田 雅彦さん/小説家

島田 雅彦さん/小説家
1961年東京生まれ。東京外国語大学ロシア語学科卒。在学中の1983年『優しいサヨクのための嬉遊曲』で小説家デビュー。主な作品に『彼岸先生』(泉鏡花文学賞)、『僕は模造人間』、『自由死刑』、『退廃姉妹』(伊藤整文学賞)などがある。オペラ台本にはオペラ『忠臣蔵』、『Jr.バタフライ』がある。文芸家協会理事。法政大学国際文化学部教授。

私は郊外の森に抱かれて育った。朝は野鳥のさえずりで目覚め、四季の変化を生い茂る草木で知り、またその草木で遊び、あてどなく森をさまよって思春期の喜怒哀楽を処理した。日々の思索に、安息に森は必要不可欠なので、今も郊外生活を続けている。現在はほとんどが宅地に変わった東京郊外の丘陵地帯は石器時代の遺跡の宝庫でもあった。考古学専攻の若い教師の情熱に応え、小学生のころの私は石器時代の土器の収集に熱中していた。現代の子どもたちがカードやフィギュアの交換に興じるように、土器の破片を交換し、コレクションを充実させていた。古代人のように森を自分の遊び場にすることは、私にとってごく自然なことだった。私と同世代のゲームソフト製作者たちにも郊外出身者が多い。ポケモンのデザイナーが夢中になったのは土器ではなく昆虫だった。

木立にロープを張り、葛の葉で屋根を葺いた秘密基地に横たわり、私はしばしば森の音に耳を澄ましていた。子どもは自分の身を自分の家とは違うところに置き、空想を逞しくする。遊びを通じ、自分の願いを叶え、自分の恐れを取り去ってくれる神や儀式を発明する。人は放っておいても、自発的に自分の宗教を発明し、それを信じることによって、人生を作っていくものだ。幼いころは父や母を信じ、思春期には友情を信じ、スポーツや音楽やアイドルに熱中し、やがて、政治や会社の経営や学問や表現活動に、おのが信仰を結実させようとする。

私は初めに森に祈りを捧げた。代わりに森は私の想像力を刺激し、私に精神安定効果を及ぼしてくれた。地層の露頭は私のイコンだった。それをじっと見ていると、自分の脳味噌の地層を見ている気にもなった。自分の脳にも褶曲とか断層があると思った。川原や海辺に佇み、物思いにふけったり、真っ赤に燃える炭火に癒されたり、石ころや木片に懐かしさを覚えたりするのは私たちが水から生まれ、進化し、木や石を加工し、火を使いこなし、より高度な道具を発明した職人の末裔だからだ。もちろん、日本史には古代王権時代や貴族社会の時代、軍事政権の時代があり、江戸、明治という歴史の地層があるが、どの時代にあっても、「縄文」と呼ばれる文明以前の石器時代に回帰してゆくのである。太古の土地の記憶を受け継いでいるとすれば、私は46才ではなく、4600才なのかもしれない。

(無断転載禁ず)

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