連載コーナー
本音のエッセイ

2018年7月掲載

狂気の沙汰に従う狂気

海老原 嗣生さん/雇用ジャーナリスト

海老原 嗣生さん/雇用ジャーナリスト
リクルートグループで20年以上、雇用に関する取材、研究、提言を行なってきた「人事・雇用のカリスマ」。株式会社ニッチモ代表取締役。リクルートキャリア フェロー(特別研究員)。近著に『「AIで仕事がなくなる」論のウソ』(イースト・プレス)。

あなたが今、ヒラ社員だとして、こんなことを上司から言われたらどうするか?

「お前が課長になりたいなら、ライバル企業のトップ営業マンに怪我をさせろ。半身不随になるくらいにな」

いくら出世のためとはいえ、上司にそんなクレイジーな指示をされたら、拒否するのではないか。

少し話題は古くなるが、日大×関学のアメフト「反則タックル」事件は、これと同じ問題と言えるだろう。常軌を逸した指示を「出した」といわれる前監督・前コーチに弁解の余地はない。ただ、20歳の大人として、狂気の沙汰に従った宮川選手にも大いに罪はある。彼を「真実を語るヒーロー」と見なす風潮はいただけない。

「アメフトは選手をコマのように使うスポーツだから、監督の指示にはNoといえない」という意見もあるだろう。が、宮川選手はプレー中の指令に基づき反則を犯したのではない。「相手QBを壊すなら試合に出してやる」という事前に示されたニンジンに飛びついたのだ。「そこまでして試合に出なくてもいい」という選択も当然できた。にもかかわらず、彼は狂気の沙汰に従った。

彼の反則行為は、一般企業で上司から不正を強要された場合のそれとは事情が少し異なる。会社の不正は、それがどのように消費者やライバル企業、取引先に影響を及ぼすか、見えづらい。もし、自分の一匙が、その先にいる人の人生を破壊してしまうのが手に取るようにわかれば、いくら上司の指示でも容易にYesとは言えまい。対して、宮川選手は、自分の体で猛アタックすれば、相手がもがき苦しみ、下手をすれば後半生も棒に振ることを、容易に想像できた。だから罪が重いのだ。

多くの日大選手は当然、彼とは違った。前監督から狂気の反則プレーを指示されても、それをやらなかったのだろう。そこで、内田前監督は宮川選手のラフプレー後に、「おとなしいですよ、うちの選手」と他のメンバーへの揶揄を口にしている。その「おとなしい」といわれる他の選手が普通の人間であり、大人として当たり前の判断なのだ。そうした「人間としての歯止め」が、宮川選手の行為により揺らぎ、「試合に出るためには仕方ねぇ」と他選手に伝播しかねなかった。前監督・前コーチはこの揺らぎを想定し、だからこそ宮川選手を試合後、ほめそやしたのだろう。

多くのマスコミは、宮川選手をヒーローのように囃し立てる。その根底には、「上の指示なら、狂気の沙汰でも逆らえない」という日本的常識があるのだろうか。

のべ20時間以上この報道を見たが、宮川選手に批判的発言をしたのは私の知る限り、サンデー・ジャポン5月20日出演の杉村太蔵元衆議院議員一人だった。

(無断転載禁ず)

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