加賀友禅の世界を伝えるために
- 太田 昌伸さん/加賀友禅 伝統工芸士
- 1963年、石川県能登町出身。86年に加賀友禅作家の白坂幸蔵氏に師事。97年に独立し、友禅工房「文庵」を開設。下絵から染めまでほとんどの工程を自社で行う。2008年に伝統工芸士認定。構成的な仕事でシンプルな表現が特徴的。Mr.マリックの楽屋のれん制作も手掛ける。受賞歴に、第57回日本伝統工芸染織展 奨励賞・山陽新聞社賞(23年)など。
http://studio-mon-an.com/koubou/
工芸王国「石川県」
石川県は工芸王国といわれ伝統工芸品が多くあります。国指定の伝統的工芸品は10品目あり、加賀友禅、輪島塗、九谷焼などが有名です。その他、県指定伝統的工芸品や希少伝統的工芸品は26品目もあり、伝統工芸に従事している方も多いです。…とはいっても直接工房を見たりする機会は少なく、「加賀友禅という名を聞いたことはあるが、着物も工房も見たことはない」というのが一般的です。僕は能登の出身なので輪島塗は知っていましたが、加賀友禅のことを知ったのは19歳の頃でした。
加賀友禅との出合い
19歳の春、進学で金沢へ。能登の田舎から出てきた僕は、広い道路と高いビルに驚きながら絵画教室に通うことに。教室には高校生から年配まで幅広い世代の方がいて、なじみやすく通うのが楽しみでした。
仲良くなった12歳ほど年上の気さくな(オヂサン笑)先輩が居て、この人が加賀友禅作家さんだったのです。この時初めて、波間に鶴が飛翔する加賀友禅の染め絵を見ました。繊細で大胆、明快なデザインは印象に残っています。この時は、まだ加賀友禅の世界に入るとは思ってもみませんでした。
加賀友禅作家に弟子入り
卒業後、デザイン会社に就職するも体調を崩し退社。養生している時に絵画教室で知り合った加賀友禅作家さんの所に遊びに行き、今の師匠を紹介してもらい加賀友禅の世界に飛び込むことに。
弟子入りということになったわけですが、朝は8時30分の掃除から始まって夕方5時30分までの労働。主に師匠の作品のお手伝いで、彩色(色塗り)の技術を習得するたびに楽勝と思いました。技術を習得し、いよいよ自分の作品作りになった時、この仕事の大変さを痛感しました。
オリジナルデザインを起案する
「着物や帯を描くには、基本スケッチが大切や!」と言われスケッチはしていたのですが、このスケッチを元にデザイン化していく作業が大変でした。スケッチの通りだと生々しいので、やり直し。デザインは○、□、△が基本といわれ、幾何学的に描いてみるとなぜか幼稚で、やり直し。師匠のアドバイスで何とか図案化できましたが…。
オリジナルを作ること、ゼロから生み出すことは、なんと大変なんだろうと思い知らされました。日々努力、素直な心で謙虚に、感謝を忘れないように。
感動を作品に
若い頃は、スケッチをしてデザイン構成の勉強もして、より上手に描きたいと思ったものです。そのたびに「君の作品は面白くない」「なにも伝わってこない」などと指摘されました。
ある先生から「君は何を描きたいんだ?テクニックばかりが目立つよ」「感動したことを描きなさい、自然などを見ていて美しいと感じたことを大切にしなさい」とアドバイスをいただきましたが、今、ようやく分かってきた気がします。
感動をあなたに
加賀友禅訪問着は図案が仕上がってから一反作るのに3カ月ほどかかります。図案も入れると更に時間がかかるので一作一作が希少になってきます。展覧会の作品制作やオーダー品をはじめ、今まで実際に見たもの、感じたことを大切に、見た人が感動するような、着た人が笑顔になるような作品作りをしていきたいです。
加賀友禅を身近に
最近では、加賀友禅をもっと身近にと「名刺入れ」や「コースター」、「工芸スニーカー」なども手掛けています。着物や帯だけではなく、普段使いに親しんでいただければという想いからです。いまだに加賀友禅は着物や帯だけだと思っている方がいらっしゃいますが、気軽に楽しみながら、手描きの良さを感じていただき、もっとディープな加賀友禅の世界へ、ようこそ。
最後に能登半島地震について
一・一能登半島地震で輪島塗や珠洲焼など多くの工芸品が被災しました。僕も能登町の実家で被災し、今も金沢と能登を行き来しています。今までも、これからも体験していくことを前向きな力に変えて、感動のある作品、喜ばれる作品を作り、今まで以上により関心を持っていただけるよう、なんとか乗り切っていきましょう。
頑張ろう!加賀・能登・石川県!!
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