アクースモニウムの扉
- 檜垣 智也さん/音楽家、アクースモニウム奏者
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アクースモニウムとは
アクースモニウムとは、スピーカーから流れる電子音楽を演奏者が操作するための多元立体音響装置のことです。演奏者は会場のいたるところにスピーカーを配置し、事前に分析した電子音楽を流しながら音量、音色をリアルタイムに調節します。まるでオーケストラのように、さまざまなスピーカーが整然と並んでいることから、アクースモニウムは「スピーカーのオーケストラ」という異名を持ちます。
宇宙船を操縦するような楽しさ
音に合わせてうまく操作をすると、ヴァーチャルな世界と眼前のリアルな世界とが渾然(こんぜん)一体となり、体験したことのないような独特なイメージが立ち現れます。楽器の演奏をしているかのように、自らの手技で音楽空間を作り出せるわけですから、この装置にすぐに夢中になりました。音から空間が無限に拡大していく迫力、縦横無尽に動き回るスリリングな運動性、耳元でささやかれるような親密感、体にまとわりつくような肌触りも感じました。まるで空間を自在に運航できる宇宙船を操縦するような楽しさがアクースモニウムの演奏にはあります。
オーケストラの指揮者のように
今から20年ほど前のことですが、私は電子音楽の研鑽(けんさん)を積むためにフランスへ留学しました。留学してほどなく、南フランスのクレという小さな美しい街で毎夏開催されているフュチュラ音楽祭に参加したのですが、そこで当時日本ではまったく知られていないアクースモニウムの存在を知りました。この装置の演奏者は、オーケストラの指揮者のようにスピーカーに対面し、空間に広がる音響バランスを調整します。たくさんのスピーカーを用いた演奏で空間を演出できる面白さにすっかり魅了されました。
その後は、うまくなりたいという一心で修行に励みました。私が師事したドニ・デュフール先生は、「モテュス」というアクースモニウムの音楽団体を経営していましたので、そこでアルバイトを始めました。機材を積んだトラックでフランスを旅し、コンサートのサポートをしました。ホールに素早く機材を運び込み、機材を設置し、音響調整を行い、コンサートが終わると片付けて、次の会場に移動…。その間の空き時間で演奏の練習をしていました。音楽だけではなく、こういう技術的なことやコンサート制作のノウハウを一通り現場で学べたことは、帰国後の活動にとても役に立ちました。
調子に乗って大失敗!
次第にコンサートで演奏させてもらえる機会が増えていきました。しかしある日、ペルピニャン(フランス)で開催された大きなコンサートで大失敗をしてしまったのです。いつものように演奏をしていたのですが、気づいたらお客さんはみんな手で耳を抑えていました。スピーカーですから迫力を出すためにいくらでも音を大きくできます。しかし、あるラインを超えるとお客さんの耳を痛めてしまいます。それをしっかり管理しないといけないのに、基本中の基本を忘れていたのです。
自己承認の過剰さに加えて、前日からの寝不足、楽曲の根本的な勉強不足もありました。フランスでの音楽活動が順調で興に乗り、得意になっていたのでしょう。デュフール先生にはこっぴどく叱られ、しばらく演奏をさせてもらえませんでした。
仲間とともに新しい伝統を
私は演奏活動と並行して東海大学をはじめさまざまな大学で教鞭(きょうべん)をとっていますが、関西の大学で出会った教え子たちと「ヒルヴィ」というアーティスト・コレクティブを結成し、コンサートやワークショップを展開しています。ヒルヴィのアクースモニウムは、小規模ながらフランスにないオリジナリティーを持ち、ヨーロッパから招いた音楽家たちも高く評価してくれています。
また2021年8月に開催した私のソロリサイタルが『日本における第一人者として、電子音楽の「アクースマティック」の普及に努めてきた檜垣智也の現時点での集大成。』として評価され、大阪文化祭奨励賞をいただきました。それは長く活動を共にしてきたヒルヴィの支えがあっての成功でした。
こうしてアクースモニウムの扉を開き、夢中になって長年活動してきましたが、気がつけばアクースモニウムは私の人生にとって切っても切れないものになっていました。これからもフランスの仲間やヒルヴィとともに、この音楽の魅力を伝える旅を続けていきたいと思います。
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