スーパーと八百屋さん
- 茂木 健一郎さん/脳科学者、作家、ブロードキャスター
- ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。専門は脳科学、認知科学。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究。主な著書に『脳とクオリア』、『生きて死ぬ私』、『東京藝大物語』、『クオリアと人工意識』など。
ランニングをするのが趣味なのだけれども、その途中で買い物をすることがある。
フルーツをよく食べる。季節ごとにいろいろな果物が出回るので目が離せない。特に、スイカや梨、りんご、パインなどが好きだ。
私のランニングのコースの途中に、大きなスーパーマーケットがある。品数が豊富だし利用させていただくことも多いのだけれども、そのすぐ近くに果物屋さんがある。気のいい親父さんとおかみさんがやっている店で、時々お孫さんの姿を見かけることもある。
肉や魚はスーパーで買うのだけれども、果物はそのご夫婦のお店で買う。会話が楽しいし、「柿は硬いのがお好きなんですよね」と私の好みもわかってくださるのがうれしい。
大型店舗と個人の商店がどのように共存するかは難しい問題だと思う。スーパーがあって助かることはもちろんだけれども、個人の商店の経営が圧迫されている側面もある。
周囲のお客さんの様子を見ていると、フルーツ類もスーパーで買っている人が圧倒的に多い。確かにそうすれば便利だし、私も、果物屋さんの親父さん、おかみさんとの関係がなかったらそうしていたかもしれない。
並びにあった焼き鳥屋さんは、とても味が良かったのだけれども、いつの間にか消えてしまった。ひょっとしたら、スーパーとの競争で疲弊してしまったのかもしれない。
果物屋さん以外にも、1箇所、ランニングの途中で時折立ち寄る八百屋さんがある。おじさん1人でやっていて、話がとても面白い。
果物屋さんにしても、八百屋さんにしても、店先で話していて思うことは、いかに多くのことを考えて仕入れをして、値付けをしているかということである。
この季節にはどの産地の何がおいしいだとか、今年の作柄はどうだとか、新しい品種の何に注目すべきだとか、いろいろと教えてくださる。プロフェッショナルというものはさすがだと思う。
もちろん、スーパーの仕入れ担当の方も、同じように専門知識を生かしてお仕事をされているのだろう。果物や野菜だけでなく、鮮魚やお肉のコーナーの仕入れも、深い工夫があるのだろう。しかし、普段買い物をする際に、そのような会話を交わす機会はない。
生活が便利になるにつれて、人と人とがコミュニケーションをする機会が失われてしまっているように感じる。コンビニエンスストアで店員さんと会話することはまれだ。
ランニングの途中で立ち寄る果物屋さんで親父さんやおかみさんの笑顔に接しながら、現代における人と人との絆のあり方について考える。やはり人は人の近くにいるのが良い。
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