地域再生を考える

2023年12月掲載

御手洗地区で7つの空き家を改修
今に続く価値あるものを次の世代へ

合同会社よーそろ 代表執行役員 井上 明さん

合同会社よーそろ 代表執行役員
井上 明さん
1978年、広島市で生まれる。外壁材メーカーに勤め、鹿児島、宮崎に赴任した後、退職して広島県呉市に移住。2011年より御手洗地区で7つの空き家を改修し、カフェや宿を運営するなど、地域資源を活かしたさまざまな事業展開を行っている。

瀬戸内海の真ん中に浮かぶ大崎下島の東側に位置する“御手洗地区”。半径150mほどの小さなまちでありながら、江戸時代北前船の寄港地として大きく栄え、現在も伝統的な建物と多島美の風景が残り、ゆったりとした時間が流れる風光明媚(めいび)な港町である。ドラマやCMなどメディアにも数多く登場し、最近では映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地にもなっている。

合同会社よーそろは、この御手洗地区で7つの空き家を改修し、カフェ、レストラン、ギャラリー、物産館、ゲストハウス、1組限定宿、シェアハウス、食品加工場などUIターン者を引き込みながらさまざまな事業展開と価値創造を図っている。

御手洗地区とは縁もゆかりもない私がなぜ御手洗地区で事業をすることになったのか、何を考え、どこへ向かおうとしているのか今後の展望について書いていきたい。

観光ボランティアガイドからカフェの開業へ

南九州で建材メーカーの営業マンとして働いていた私は仕事を辞め、妻の実家である呉市に引っ越してきた。もっと地域を知りたいとたまたま見つけた「観光ボランティア養成講座」で御手洗地区に出会い、まちの面白さに惹かれ観光ボランティアガイドをするようになった。ガイドを続ける中で、大洲藩、宇和島藩の指定の船宿を務めていた建物をたまたま通りがかった時に「ここで何かすればいいのに」と掛けられた言葉を真に受けてカフェを開業したのが2011年である。

その建物の閉ざされた2階の窓を開けた時に広がる風景を見て衝撃を受けた私は「皆さんにここを見せたい!」と思った。またこの一帯は広島の一大ブランド大長みかん、大長レモンの栽培地であり一級品の素材がある。もちろんカフェ運営の経験もなかったが、この場所の素晴らしさを感じていただくためにはカフェが必要だと思い、踏み出した一歩が私の御手洗地区での事業のはじまりであった。

空き家を改修し仲間と共にさまざまな事業展開へ

カフェを開業する中で、若いカップルなど観光客の層が広がり、お土産物のニーズから、作家とコラボしたオリジナル作品を置くギャラリーをつくった。また、サイクリストが増えてくる中で食事の選択肢をと3号店の鍋焼きうどん屋(御手洗ではその昔行商船に七輪を乗せて鍋焼きうどんを提供していた)をつくった。

観光客の潜在的なニーズに応えるために既存の店舗ではできないこと、また運営していく中での事業の課題、空き家を活用してほしいという空き家所有者のニーズ、自分もここで働きたいと訪ねてくる人物…、さまざまなニーズの真ん中で事業をつくり、広がっていった。そのころ個人事業から法人成りし、さまざまな課題に切り込み価値をつくっていこうとチームとして突き進んでいくこととなった(2014年に合同会社よーそろ設立)。

「よーそろ」は“御手洗節”の歌詞の中でも登場するフレーズであり「前へ進め」などの意味を持つ船の操舵号令として江戸時代から現在でも使われている言葉である。

泊まらなければ分からない魅力があると感じ、2017年から3つの宿を整備した。低価格の素泊まり宿、1組のためだけにシェフが料理を振る舞うラグジュアリーな貸切宿、その中間に位置する宿(シェアハウスと素泊まり茶室付き貸切宿)である。ラグジュアリー宿である「閑月庵新豊」は一泊二食付で9万円~(2名)の宿であるがアカデミー賞受賞の映画『ドライブ・マイ・カー』の舞台となり、空間だけでなく、近海でとれる活きの良い魚料理と地元野菜、柑橘(かんきつ)を使った特別な料理も大変好評いただき、リピーターも増えている。

「あるものを活かし、ないものをつくる」今に続く価値あるものを次の世代へ

課題とされている空き家。その家が営んでいた屋号や物語、柱の傷でさえも見方を変えれば唯一無二の宝物である。

“ここにあるもの”は長い時間を経て紡がれたものであり、どんなにお金をかけても再現できない、唯一無二の価値を持っている。それらの素晴らしさを知り、光の当て方を変えるだけで“あるもの”に磨きがかかる。そして、ないものをつくれば価値の最大化を図ることができる。

昨年末不動産事業も始めた。以前から御手洗地区に数軒の空き家、不動産を持ち県外に住む所有者から相談を受けていたためだ。今回は法人の事業パートナーと組み、一帯を買い取り、整備することとなった。今までの事業もすべてが私の初めて取り組む事業であったが、事業パートナーとの価値創造もこれまでにない新しい取り組みとなる。

もちろんそれらも“ここにあるもの”の良さを最大限活かし、ないものをつくることによって御手洗地区全体の価値を更に高めていきたいと考えている。

御手洗地区にほれ込み、縁もゆかりもないよそ者の私ではあるが、この地区で昔から続いている景観や文化、営みを次の世代に引き継ぐ一つのピースになりたいと思っている。失敗を繰り返しながらも新しい事業創造に挑戦する中で地域の素晴らしさを深く知り、仲間と共に成長していきたい。

御手洗地区の現在の人口は200人ほど。明治時代の残っている記録から見ても10分の1程度に減少し、少子高齢化は最先端を行く。200年以上前から先人が物語を刻み今に残る“続いているものの価値”はこれからももっと価値を増していくことと思う。元のにぎわいのまちに戻ることはないが形を変えながらも次の100年後の誰かが続いているその形を大切に受け取ってくれることを願っている。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 瀬戸内海と御手洗地区

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  • 「船宿カフェ若長」。江戸時代、大洲藩・宇和島藩指定の船宿だった建造物を改装。2階の窓の外に広がる風景が素晴らしい

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  • 低価格の素泊まり宿「GUESTHOUSE醫(くすし)」。大正時代に建造された洋館を改装

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  • 大崎下島特産の柑橘「はるみ」の瓶詰。GUESTHOUSE醫のBarではかき氷シロップとして提供しており、人気の商品。ヨーグルトや紅茶に入れても

    大崎下島特産の柑橘「はるみ」の瓶詰。GUESTHOUSE醫のBarではかき氷シロップとして提供しており、人気の商品。ヨーグルトや紅茶に入れても

  • 『ドライブ・マイ・カー』の舞台にもなった「閑月庵新豊」

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  • 「閑月庵新豊」の客室。建物は、江戸時代末期に建てられたもの。この建物を支える大きな梁などから、ここで刻まれてきた物語を知ることができる

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