地域再生を考える

2024年10月掲載

未来を育む広島の新たな拠点
複合施設『ミナガルテン』と広島新駅ビルの挑戦

「ミナガルテン」代表/株式会社DoTS(ドッツ)代表取締役社長 谷口 千春さん

「ミナガルテン」代表/株式会社DoTS(ドッツ)代表取締役社長
谷口 千春さん
京都大学・東京大学大学院にて建築学を修了後、建築・出版・伝統文化の各領域でプロデュース業を経験。家業の園芸事業跡地を活用したまちづくり事業「ミナガルテン」がグッドデザイン賞を受賞するほか、瀬戸内を舞台に手掛ける共創プロジェクト多数。

原爆ドームと宮島という二つの世界遺産の間に位置する広島市佐伯区皆賀の住宅街に「ミナガルテン」は開かれた。緑豊かな中庭と外構を持つ17戸の住宅群と、2棟の園芸倉庫を改築した複合型コミュニティ施設からなるまちづくりプロジェクト。「みんなの庭、わたしの庭、皆賀の庭」という三つの意味を、その名に込めた。

2017年夏、父の病気を機に祖父の代から50年続いた園芸卸売事業を閉じ、裏路地に残された約3000㎡の跡地再生に向き合うことになった。不安でいっぱいの私を勇気づけてくれたのは、この土地の「物語」だった。古くは「水長」と書き山から水が滞留したが、まちを挙げての治水工事でこれを改善。「皆が賀する」という現在の表記になったという。「みんなの力を合わせれば、ネガティブをポジティブに転換できる」そう自分を奮い立たせた。

人(個)と暮らし(全体)のウェルビーイングを目指して

この時期、自身の人生の転機も重なり、「複雑で変化に富むこの時代、私たちはどうしたら幸せに生きられるか」が私の関心事だった。折りしもコロナ禍に突入し世界中がニューノーマルを模索する中で、ウエルビーイングという概念に出合った。人間の良い状態(幸せ)は、心と身体と社会的な健康(つながり・循環)の三つがあってこそ実現されるという。「一人一人の幸せのかたちを持ち寄り、みんなの欲しい未来をつくりあう場所にしたい」そう思った。

商業エリアは3カ年計画で段階的に開いていった。多様な人たちとの出会いを求めて、多数の共創イベントを企画した。余白の多い空間はさまざまな市民活動の受け皿となり、それを私たちは「苗床」と呼んだ。

バラバラに始まった個々の営みに、少しずつ秩序が与えられていった。地域の名(五日市)にちなんで毎月5がつく日にマルシェが開かれ、常設ベーカリーの横には複数の個人バリスタが共同運営する日替わりカフェスタンドができた。レンタルスタジオはシェアサロンに変わり、地域の人たちが共同運営する本屋や雑貨店が開業。自由闊達(かったつ)なコラボレーションはどんどん広がりを見せた。人々の自律的な営みによってぐんぐんエネルギーを増していく様は、発酵する「菌床」と呼んだ方が正しかったかもしれない。

近しい関心でつながる小さなコミュニティが複数重なり合い、出入り自由な風通しの良い大きなコミュニティに成長した。一つの場所を分け合いながら、皆で「種」を持ち込み、互いに育て合う。時に生まれうる対立は、互いの価値観を受け止める対話と、両方を満たす解決策を見いだす創造性で乗り越えんとする。いつしかミナガルテンは「平和文化都市ひろしま」の未来の縮図だと感じるようになった。

ミナガルテンをプロトタイプに

今、ミナガルテンでの実践を生かし、広島市内でいくつかの場づくりを手がけている。広島の復興の物語を伝える常設展示「Pride of Hiroshima」では、広島の産業の歴史や宗教観にも触れ、今の自分たちを俯瞰(ふかん)的に捉えられるよう工夫をした。会場運営は、大学生や若手企業人など幅広い領域の人たちでシェアして行い、来場客と共に、一人一人の「Pride of Me」について対話する構成となっている。

地元テレビ局とベンチャーキャピタルとの共同出資で設立した株式会社DoTS(Design of Terminal SETOUCHI)では、来春開業する広島新駅ビルの中に、地域の魅力発信と課題解決をテーマにした店舗を開業予定だ。飲食、物販、そして大小のイベント開催が可能な空間に、広島県内および近隣自治体のCBO(Chief Branding Officer)やクリエイター、地域おこし協力隊、学生などをつなげる。分野を超えて点と点がつながり合うことで、乗り越えられることがある。人・もの・情報が行き交う「駅」だからこそ、できることがあるはずだ。

挑戦の機会が人を育てる。地域の底力を育む意思を

21年ぶりに戻った広島で、「まちの本屋で買える本をアマゾンで買う」ようなことが、まちづくりの現場でも起きていると知った。自ら汗をかき、地域に埋もれる数多の才能を育てることをせず、安易な外注で「結果」だけを手に入れようとすることが、転出超過(広島県は3年連続ワースト1となった)の要因になっているのではないか。

いかに地域の人たちを「消費者」ではなく「作り手(=当事者)」にすることができるかが、地域の底力を育む鍵となる。場と機会と挑戦、そして失敗への寛容さこそが、地域の明日を支える人材を育てうる。新駅ビルの拠点が育む領域横断的コミュニティが大小のプロジェクトを生み出し、広島・瀬戸内の「挑戦のプラットフォーム」となるべく、私もまた自らに挑戦を課していきたい。

「地域再生を考える」編集委員会

  • 築50年の園芸倉庫を改築したミナガルテン(写真上・下)。mina=フィンランド語で「わたし(一人称)・個人」を指す。一人一人の個性や才能の芽が最大限に花開くことが全体の豊かさに直結する社会をつくりたい

    築50年の園芸倉庫を改築したミナガルテン(写真上・下)。mina=フィンランド語で「わたし(一人称)・個人」を指す。一人一人の個性や才能の芽が最大限に花開くことが全体の豊かさに直結する社会をつくりたい

  • ミナガルテンでは、マルシェを月に3回開催。130回を超えた

    ミナガルテンでは、マルシェを月に3回開催。130回を超えた

  • 「和マルシェ」「クリエイターズフェス」など多様なテーマで開催

    「和マルシェ」「クリエイターズフェス」など多様なテーマで開催

  • 広島の復興の物語を伝える常設展示「Pride of Hiroshima」で中高生を案内する通訳案内士や大学生

    広島の復興の物語を伝える常設展示「Pride of Hiroshima」で中高生を案内する通訳案内士や大学生

  • 広島新駅ビルに開業予定の店舗「miobyDoTS」。mioは水尾(みお)から。「わたしのもの」という意味もある。北前船や移民など、広島は昔から水を通じて世界とつながってきた。点と点をつなげ、世界に向けた道を開いていきたい

    広島新駅ビルに開業予定の店舗「miobyDoTS」。mioは水尾(みお)から。「わたしのもの」という意味もある。北前船や移民など、広島は昔から水を通じて世界とつながってきた。点と点をつなげ、世界に向けた道を開いていきたい

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